新卒で入った会社をたった半年で休職した。適応障害という診断結果を受け、あまりにも早すぎる挫折に一番驚いたのは私自身だった。

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中学の頃から、私の辞書に「休む」という言葉は載っていないと思うほどの働きがり屋だった。そんな私が、社会人になって初めて、身体からの危険信号を受け取ったのである。
その後、心療内科で「適応障害」と診断され、とりあえず1ヶ月間仕事を休むことになったのだ。
その期間は体が重くて動かず、起き上がるのもやっとだった。日によって心の調子も違う。休んでいるのに罪悪感で休んでいる気がしない。今まで働きがり屋だった分、「休んでいる」という事実を私自身も受け入れられていなかったのだと思う。

結局、1ヶ月ではメンタルが戻るわけもなく、休職期間はそれから2ヶ月延長された。そこで、心療内科の先生から言われたのは「とにかく色々な人に会いなさい」ということだった。
就職で地元を出たが、休職を機にすぐ地元に戻って休養していた。幸いなことに、私が地元に戻ってきていることを知った友達が、積極的に会おうとしてくれた。その厚意を受けて、体調が良い日は私もできるだけ人に会うようにした。
みんな、私の話を親身に聞いてくれて、その人の考えや、その人の思う将来の理想像など、私にない意見をたくさん吸収できた。
みんなと話しているうちに、「仕事の何がダメだったのか」「何が私をここまでにさせたのか」など疑問が湧き上がり、就活をしていた時の私と、今の私との間にある心の乖離を探ることにした。

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就職をする今まで、休憩もなしに「人生」という名の長距離レースに挑んできた私には、休息時間と自分自身に向き合う時間がなかったのだということに気がついたのである。周りの人たちが私に抱く理想を壊すまいと自分を演じ続け、自分自身の本当の意思を蔑ろにしていたということに気がついたのだ。新卒で入った会社を決めた理由も、根底にはそれがあった。
それに気がついてからは自分を客観視できるようになり、改めて自分という人間を見つめ直そうと思った。
それからの休職期間は、それまで以上にたくさんの人に会って、彼らと会話を重ねていった。そんなふうに毎日を過ごしていると、次第に私の体調も良くなってきて、いつの間にか休職期間の3ヶ月が終わろうとしていた。

そんなある日、復帰する前に産業医面談を行うということで、本社に呼び出された。
「もう大丈夫かもしれない。もしかしたら。復職できるかもしれない」と心のどこかで思ってはいたが、いざ産業医と対面して、一言目を発した直後、涙がボロボロと溢れて止まらなかった。
まだ私の心は完全に癒えていなかったのだ。結局復帰は無理だということになり、さらに休職期間が1ヶ月間延長された。
本社ビルを出た後も涙は止まらず、近くのベンチに座って落ち着くのを待っていたら、この場から早く立ち去れと言わんばかりに雨が降り出した。
「この仕事を続けても体調は戻らない。だって、他人の理想を壊すまいと決めた仕事なのだから」
雨に打たれながら、ふとそう思ったことをずっと覚えている。

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結局私は、そのあとすぐにその会社を辞めた。
退職を選択したことに後悔はない。その会社に入って休職しなければ、本当の私を見つけられなかっただろう。自分の心に残る、わだかまりの原因を突き止められなかっただろう。
今までひたすら自分の人生を駆け抜けてきたが、休職することで、一度立ち止まることができ、今まで辿ってきた道を振り返ることができた。改めて自分という人間を見つける機会をくれたあの期間を、むしろありがたく思う。

これからは、自分の考えに正直に生きていこう。
長い人生という名のレースは、休憩なしでは生きていけない。
一度道に迷ったならば、立ち止まって辿ってきた道を振り返ることも、時には大切なのだとその休職期間で学んだ。

今は自分を偽らずに、ありのままで生きている。前よりも笑顔でいる日が増えた。
これでいいのだと納得させられる選択ができたのは、あの休みの期間があったからだろう。これからも私は私のままで生きていく。