海が好きだ。海に行くと体がベトベトするし砂が靴に入っていやだし、そもそも海に行くまでに絶対車酔いだの飛行機酔いするくせに海が好きだ。
ただ、水族館も好きなので、もはや海っぽいものならなんでもいいのかもしれない。シトラスマリンの香りとかいうアロマキャンドルが雑貨屋で売っていたら確実に買っているあたり、私は海に対してミーハーだなと思う。シーグラスも貝殻も好きだし、安眠導入音楽は波の音、どう考えても海に憧れを持ちすぎた山の子である。
実際生まれは山の中なので、つまりそういうことだろう。そんなわけで小さい時から海っぽいテレビを好み、海に憧れていた私の記念日は、初めて海に触れた日だ。

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小学6年生の修学旅行が沖縄だった私は、ひたすらに海が楽しみだった。当時の愛読書が旅行ガイドブックであり、各地の海水浴場情報を聞いていた私はホテルのプライベートビーチという言葉だけで沖縄が楽しみだった。
その道中、飛行機に乗らねばならないことなど頭から吹っ飛んでいた。そして、当時の私が奇跡的なほど雨女だったことなども忘れていた。ついでにいうと日焼けすると真っ赤になることなんて、頭の中から勝手に削除されていた。
初めて海に入れる、ということでひたすらにはしゃいでいたあの頃の私は、まごうことなくあほである。

そんなわけで生まれて初めての飛行機が乱気流に突っ込みながらも着いた沖縄での平和学習の後、初めて沖縄の海に触れた。
ビーチサンダルを脱いで、砂の上を歩いた。ザリザリという感触の中、時々ツルッとした感触があって、何かと拾い上げてみれば白い珊瑚である。沖縄らしいそれに満足して、そのままペタペタと歩いていった。
つま先から引き込まれるように海にずるずると入っていく。冷たいようでそうでもない海の音は、どぷん、ちゃぷん、というリズムで、洞房結節のリズムと似ていた。
そのまま仰向けになって浮かんだ。波に揺られて、私は初めて海というものを全身で感じた。

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元々泳ぐのは好きだったけれど、市民プールなんて比にならないくらい、海の中は賑やかだった。当時の私は学年で1人も友達がおらず、いわゆる「ぼっち」状態だったから他人の声なんて聞こえていない。なんならみんなとはちょっと離れたところにいたので、人間以外の音の方が大きかった。
海の轟はうるさくて、だけどずっと聞いていられる心地だった。泡の音、そして砂地とぶつかって跳ね返る音。ザリザリと砂が侵食される音。あと、風の音になんらかの鳥の鳴き声。静かだけど有音という世界は、おそらくここでしかあり得ないのだと思った。

その後、海に潜ってみた。ライフジャケットがあったから潜れないけれど、海の中は意外と濁っていて、海藻が結構浮いていた。名も知らない魚が警戒心なく寄ってくる。手を差し出せばちょんちょんと突くので、楽しくなってその魚とひたすら遊んでいた。引率教員の「そろそろ上がるよ」という声で私はざっぱりと音を立てて立ち上がり、驚いた魚はどこかへ行ってしまった。

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海と遊んでいた時間は30分ほどだったと思う。その間無言で誰とも喋らず、また教員も気にかけもしなかったあたり、私の当時のクラスでの立ち位置なんてカースト最下層だと思うけれど、だけどそれはもう最高の瞬間だった。
たとえその後、ホテルの4人部屋で私が無視され続けようとも、海の記憶だけで最高だと思えてしまうくらいには。
むしろ、そんな話を当時時間を共有していたはずの同い年が一切知らない、私だけの記憶にしているのが、何よりも優越感だったりするのだ。