メニューに載ってないガパオライス。
バジルとナンプラーの独特な味。
香辛料が効いているからご飯が進む。
辛すぎたら上にのっている目玉焼きの黄身を崩す。
黄身は絶対半熟。
それをひき肉に絡めると辛さが和らいでちょうどいい。
気づくとお皿は空っぽに。
皿を片付けたらまたバイトが始まる。
店長が作ってくれる賄い。
私はその中でもガパオライスが大好きだ。

◎          ◎

大学生になってアルバイトを始めた。
母が地方紙で見つけてくれた個人経営の飲食店。
夏にできたばかりのようだ。
面接に行った時は驚いた。
店の壁いちめんに貼られた写真たち。
天井に飾られた小さな傘。
聞いたこともないようなカタカナの料理名。
そこは、世界中を旅した店長が経営する居酒屋だった。

時給800円からスタートした私の初バイト。
最初は散々だった。
オーダーを間違えたり、カクテル作りに手間取ったり、カード決済にもたついたり。
オープンしたばかりだったから、あらゆることの手順が整っていなかった。
怒ることのない優しい店長だったから続けられたけど、理不尽に怒鳴られたりしていたらすぐ辞めていたと思う。

そんなアルバイトの中で楽しみだったのが、店長の作る賄いだ。
他の飲食店で働いたことがないからわからないけど、友達からするとかなり豪華な賄いらしい。
私は店長の賄いで世界中の料理を知った。
ケバブ、チーズダッカルビ、クアトロフォルマッジ。
そしてその中でお気に入りとなったのが、ガパオライスだった。

◎          ◎

女性に人気のタイ料理なのにメニューには載っていなかったから、
「賄い、何ですか?」
「ガパオ」
「?パラオ?」
「ガパオ」
「がぱお」
何度も聞き返してしまった。

出てきた料理は、白ごはんに挽肉と角切りの野菜が乗っている、よくわからないもの。
席についた後に「はいよ」と乗せられた目玉焼き。
よくわからないけど、まあ美味しいだろう。
「いただきます」と口に運んで、あとは止まらなかった。
気づいたらお皿は空っぽだった。

それ以来、「賄い、何がいい?」に対して「ガパオ」と答えては断られる日々が続いた。
だってメニューにないから材料がいつも揃っている訳じゃない。
でもたまにOKが出て賄いに登場させてくれた。
友達と出かけた時に頼んだこともある。
レシピを検索して自分で作ったこともある。
だけど何か思っているのと違って、しっくりこなかった。
やっぱり店長が作ってくれるあの味が好きだった。

◎          ◎

私のアルバイトは4年間続いた。
よく続けられたね、と言われたけど、私からしたらあんなに居心地のいい場所はないと思う。
時給800円が850円になり、駄々をこねたら最終的には950円になった。
田舎である地元では破格の時給だ。
オーダーの取り方は間違いにくい新しい方法を提案したし、カクテルは同時進行で何個も作れるようになったし、会計なんてあっという間に終わるようになった。
常連のお客様との会話をカウンター越しにできるようになった。
「一杯どうぞ」と言われ、ラムネの瓶を持っていくとよく笑われた。
20歳を超えてから日本酒を持っていくと、「おぉー」と言われてやっぱり笑われた。
バイト最終日、店長はケーキのプレートを作ってくれた。
「4年間ありがとう」
とチョコレートで書いてあって、直接言ってよと思ったけど、店長は絶対言えないからだなとわかって面白かった。

バイトを辞めて3年経つが、未だに店長との交流はある。
私がいないお店の話を聞くと不思議な感じがする。
お弁当や通販など、新しいサービスを始めたらしい。
店長はどんどん新しいことに挑戦していくから、私は店長を尊敬している。
絶対言えないけど。言葉ではっきり言えないのは店長と同じ。
お店に行くと、店長がオーダーを取りに来てくれる。
私はこう言うのだ。
「何にしますか?」
「ガパオライスで」
OKが出るかはその時の在庫次第。