「もしよかったら、一緒に忘年会で余興やらない?」
会社の同期の子からの誘い。
優勝者にはギフト券、参加すれば参加賞も出ることだし、「思い出作りにいいかな」と、やってみることにした。
人前に出ることも、目立つことも、とにかく苦手だった私。
以前の私だったら、同期の子の誘いは即断っていた。
挑戦すると決めたのには理由がある。

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月日が経つのは早い。
学生の頃は、すぐにでも大人になりたかった。
そうすれば、嫌な日々から逃れることができるから。
社会人になって数年経った今では、逆に「あの頃に戻りたい」とよく思うようになった。
いじめや嫌な人間関係などの要素がなくなった状態で、もう一度10代の頃の人生からやり直したい。
この心境の変化のきっかけは、大好きな祖母が亡くなったこと。
また会えると信じて地元から戻って、それほど経たぬうちに他界。
「もっとああしておけばよかった」という後悔と、「私は残りの人生を悔いなく生きる」という決意。
人生は"やり直せる"けど、"戻ること"はもうできない。
私の「10代の頃の人生からやり直す」は叶うことはない。
これからを自分らしく生きることで、人生を挽回する。
挽回、というよりは、自分史を塗り替える勢いでいった方がいいのかもしれない。
そのためには、少しでも興味をもったら行動してみることにした。
インドアだった私が、自分からイベントに応募して参加するようになった。
誘いを断り続けていたディズニーランドにも、つい先日行くことができた。
充実した人生に、少しずつ変わってきている。
だから、余興も挑戦してみれば、何かが変わるのではないか。
もっと明るく、自分に自信をもちながら人生を送れるのではないか。
そんな期待を抱いて、余興の内容も聞かずにOKしてしまった。

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一人じゃないから大丈夫。
きっと簡単にできるものだろう。
そんな甘い考えだった私は、余興の内容を聞いて少し戸惑った。
私たちがやる余興、それはコント。
しかも、某お笑いコンビのつり革ネタのカバー。
テレビで見たときは、面白くて笑ったのを覚えている。

でも、あれをいざ自分がやるとなると、話は変わってくる。
コミュニケーションの苦手な私が、大勢の前に立ち、一言一句間違えずにセリフを言う。
私にとって、今までの人生で上位に入るくらいハイレベルな試練。
それに、誰かを笑わせる芸なんて持ち合わせていない。
過去にバカにされて笑われたことはあっても、他人を心から楽しませたことはない。
そんな私に、コントができるのか不安になった。
母と電話したときに、余興のことを話した。
「失敗したらどうしよう」と心配している私を、母は励ましてくれた。
「仕事みたいにきっちりしなくて大丈夫。お友達と一緒に楽しめばいいんだよ」
完璧にしなければと思っていた私は、もっと力を抜いてコントをすることにした。

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忘年会まで、時間があるようでない。
毎日練習できれば良いけれど、そうもいかない。
お互い別の勤務地で働いていて、練習のために予定を合わせられる日は限られている。
自分の担当部分を必死で練習し、会える日に合わせられる状態にするしかない。
資格試験を2つ抱えているので、勉強しながら練習しなければならない。
演技力も記憶力もあまりないので、人一倍努力が必要。
そんな状況でも、私は意外と冷静でいられている。

努力をすることは、私の得意分野。
今までどんなことも、コツコツと頑張ることで乗り切ってきた。
今回もきっと上手くいくと信じている。
今年最後の、人生初の挑戦。
たとえ、優勝できなくても、必ず得るものはある。
心から楽しんで、いい思い出にしたい。