新卒で配属された最初の職場は、憧れの港区にある結婚式場。評判も良く、結婚式だけでなく企業の宴席や学生の入学式、卒業式、季節ごとに合わせたイベントもたくさん行うような大人気の会場。
ブライダル業界に飛び込んで、朝から夜遅くまで働く事はわかっていたし、なんとなく社会人になったら一人暮らしをするって漠然とイメージしていたこともあって、配属先が決まった途端に物件探しを始め、4月1日の入社に向けてあっという間にとんとん拍子に一人暮らしの準備を進めた。
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東京から1時間半もあれば帰れる実家。
不規則で土日祝日は出勤しないといけないサービス業だけれど、閑散期や年末年始、正直2連休さえあればいつでも帰れる実家。
LINEも母からくる、おはようのスタンプは当たり前。家族のLINEグループも定期的に動く。
実家にいた時から家事はしていたし、会社の同期もみんな近くに住んでいるし、なんならオーストラリアにホームステイをしていた時でさえホームシックにならなかった私は特に不自由することも何もなく、自分1人のお城を手に入れてルンルンだった。何時にお風呂に入っても、いつお菓子を食べながらYouTubeを見ても何も言われない。
ああ、快適な一人暮らし。最高だ。
順風満帆な社会人生活。時には辛いこともあったけれど、いつでも気軽に電話できる家族の存在があるから乗り越えられた。
近くにいる同期も仕事の悩みは大体一緒。どうやって乗り越えるのか、一緒に話しながら朝早くから夜遅くまでひたすらに働く日々。
コロナ禍で結婚式の仕事は無くなり、在宅勤務が増えた。
実家に帰るのも、東京からわざわざ行くのはなんだか悪いような気がしてあえて帰らなかった。
今まで何も送ってこなかった母が、コロナ禍になって物資を色々と送ってくれた。コロナに罹った時は一生飲みきれない量のポカリスエットが届いた。
ああ、社会人生活がどれだけ長くなっても、母の前では私はいつまで経っても子供なのだ。と、ふと思った。ありがたい存在だ。
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コロナが少しずつあけはじめ、結婚式の仕事が復活。
コロナ禍で結婚式を延期した人、中止した人、小規模にした人、たくさんのお客様を見てきた。
いつものように新婦様の手紙のシーンになった。28歳、同い年のサービス業の新婦様。
「お父さん、お母さん今まで28年間お世話になりました。コロナ禍で結婚式が延期になり、顔合わせもなかなかできず、今日まで心配をかけてごめんね。ドレス姿を見せることができて何よりです」
ふむ、最近よくある出だしだ。
「一人暮らしをしてから特に困ったことはありませんでした。家事も出来るし、仕事もそこそこやってきました。親元を離れたら親のありがたみがわかると言うけれど、そんなに深刻なことでもないなと思ってました」
わかるわかる。
「でも自分が親になって分かりました。自分の子供に家事を教えることの難しさ、心配だけれどあえて頻繁に連絡しないもどかしさ、自分が仕事をしながら習い事の送迎をする大変さ……。
一人暮らしをしてもきちんと自立できるように、家事を教えてくれてありがとう。今やっと、母という存在がどれだけ偉大なものなのか、28年かかってやっと知ることができました」
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今まで何百回と聞いてきた新婦の手紙に号泣した。
この仕事に慣れれば慣れるほど、泣けなくなるものだと思っていた。
でも全く違った。
自分の人生経験が豊富になればなるほど、いろんな思いが走馬灯のように流れて涙が止まらない。ああ、私はこの仕事が好きだ。
母がいつも干渉せずに背中を押して見守ってくれるおかげで、私は今日もゲストを幸せにしています。
たまには帰って美味しいものでも食べさせてあげよう。