「お姉さんはどこのお店の子?教えてくれたら飲みに行くよ」
いつかのクリスマスの朝、人生で初めて夜のお店のお姉さんだと間違われた。54歳のイケイケのおじさまに。

ちょうどクリスマスが休日と重なっていたにも関わらず、労働をする羽目になった私はガラガラの電車に乗って会社へ向かっていた。
早朝に電車に揺られていたからか、私のお気に入りの黒のコートがそれっぽかったのか、何がそう思わせたのだろうか。おじさまは私を「仕事帰りの夜のお店のお姉さん」だと思ったようだ。
おじさまはクリスマスイヴをなかなか盛大に楽しんだらしい。
お姉さんも、それはもう楽しんだんでしょ、と前のめりに聞いてくる。

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私は先程、みなさんに小さな嘘をついてしまった。おじさまが私を夜のお店のお姉さんだと思ったのは何故か、本当は思い当たるところがある。
クリスマスイヴ、私は好きな人のSNSを探偵のように張っていた。ストーカーのように、とも言う。お互いフォローし合っている関係なので、彼の投稿は堂々と見られるのだが、「張る」という表現が相応しいほどに、SNSに張り付いていた。

予定は無くてもクリスマスイヴを楽しく過ごそうとしている前向きな友人の投稿を見ながら、私は自分のクリスマスイヴなんてそっちのけで、彼のクリスマスイヴを追った。
随分前から彼女はいないと言っていたが、本当のところどうなのか。実はいて、一緒に過ごしたとしてもSNSには載せないかもしれない。
しかし彼も人間だ。クリスマスイヴに一緒に過ごす存在がいるならば、この日ばかりは周囲に発信したいはず……。

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朝から張っていたが、あっという間に夜になった。彼に動きはない。だが、ここからが本番だ。夜ご飯を食べながらお行儀が悪いが、SNSをチェックする。お風呂も簡単に済ませて、見張りに戻る。彼に動きはない。
0時を過ぎ、クリスマスイヴがクリスマスになる。彼に、動きはない。
よし!!
対象に動きがないことで、ガッツポーズをする探偵がいるのだろうか。

穏やかな気分でそのまま眠りについて、ふと目覚めたクリスマスの午前3時半。
彼のSNSが更新されているではないか。寝ぼけた探偵の目が一気に覚める。
ストーリー機能で投稿されたのは、大阪の少し贅沢なホテルの部屋番号の写真と、イルミネーションイベントの「青の洞窟」の写真……。
彼女がいる。彼女と行っている。彼女とクリスマスイヴを過ごしている。
彼女そのものこそ写っていないが、それを私の目に触れるSNSに投稿している。
私は子供のように声を殺して泣きじゃくった。
隣に寝ている母を起こしてはならない、絶対に。絶対に……!

クリスマスシーズンに過ごす異性がいないことも家族で大喧嘩したこともあったが、こんなに泣いたことは初めてだった。泣きながら朝を迎えた。ひどい顔だ。涙で髪と顔が濡れて寒気もする。
母に顔を見られないように早めに家を出る。
クリスマスイヴを楽しみ、暴飲暴食と不眠で顔を浮腫ませながら退勤するすっぴん同然のお姉さんと、午前3時から泣き続けて、顔に疲労と絶望とそれからファンデーションを塗って出勤する私は、側から見たら区別がつかないのかもしれない。

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激しい嵐の夜だった。
その激しさは出勤途中にすれ違う人々にも、彼にも彼の彼女にも、たまたまクリスマスに出勤していた同僚にも伝わらないようだった。
まあ全てはSNSの向こう側と私の心の中の出来事だから……。
当然、仕事も手につかなかった。運転中も何度か気づいたら目に涙が溜まっていた。
仕事は進まないし交通事故のリスクは高まるし、人間はクリスマスに働いていいはずがない。
何が何でもクリスマスは休ませましょう。
聞こえてますか、全国の人事総務部の方。
今では笑って話せる思い出だが、毎年、今年のクリスマスは何も望まないから、ぬくぬくのお布団でぐっすりと眠れますように、と願う。