学生の時、周りの流れに乗ってSNSをはじめた。
あれはたしか中学生の頃だったと思う。その頃は、ただ学校の友達とお話をしたり、日記感覚で自分の思うことをありのまま自分の言葉で表現するためのツールだったと思う。
誰にも言えないもどかしい心の中の言葉を吐き出すためには、最適な場所になっていた。
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時を越えて、あの頃には想像もしないさまざまなSNSが普及するようになったが、それぞれには役割がある。日記感覚で写真を投稿したり、同じ趣味を持つ仲間と繋がったり、同じ悩みを持つもののグループを作り話し合ったり、今までいろんな経験をしてきた。そして、人との繋がりを実感し温かくなる瞬間があるのだ。
色々な人と繋がれるSNSといえど、顔の知れた先輩や友達の輪の中で楽しんでいた。顔も知らない誰かと繋がるなんて未知の世界で、恐怖心からなかなか自分の作り出した輪から一歩踏み出すことは出来なかった。
しかし、そんなことを考えていた私はもういない。
今から遡ること約1年前、テレビを観ていて気になった俳優がいた。調べてみると、アイドルをやっていた。調べてみなければ、わからなかった世界だったし、周りをみても、なかなか同じ推しを持つ人はいない。
1人でライブやイベントに行くような勇気を持つことが出来ない私は、SNSのアカウントを作り、友達を探した。とにかく、友達が欲しい一心で必死に友達を探していたことを今でも記憶している。
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SNSでは、よく同担拒否という言葉を聞くが、私は同担を全肯定したいほどに嬉しいことや楽しいことは共有したいのだ。自分が望んだ通り、一緒に盛り上がることの出来る友達がいるというのは、私の推し生活をより一層華やかにした。
最初から何の恐怖心もなく繋がったわけではない。顔も知らない誰かと繋がるのは、怖かった。どこまで自分のことを話していいものか、どこまで聞いていいものなのだろうか。最初は迷うことも気を使うこともたくさんあった。
だけど、それ以上に楽しいことを共有出来る嬉しさの方が遥かに上回っていた。
SNSで顔も知らない人と繋がり、イベントやライブに一緒に行ってくれた人もいる。私は、この人たちがいなかったらきっと今の推しをここまで推し続けていないと思う。おかげで楽しい思いをたくさんさせてもらった。
もちろん、いい思い出だけではないのが、簡単に繋がることの出来るネットならではである。世の中、いろんな人がいることを実感する瞬間もある。
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万人受けを狙っていい顔ばかりしてしまう私には、あまりしたくない考えだが、たくさん繋がりを持てた中で1人信頼出来る人がいれば、アカウントを作った意味も、推しを推すことが出来た幸せも全部が肯定される気がしている。
私は出会いの4月にそんな出会いをした。数あるアカウントの中から私を選び、話しかけてくれた。
今思えば、運命的なものを感じるが、意気投合し、毎日やりとりをした。それから日も経たないうちに初めて会うこととなった。
顔も知らない人と会うのは初めてだったが、そう思わせないほどにSNSは私たちの距離を縮めてくれていた。
それから半年が経つが、毎月会う約束をして会うことが出来ている。推しのライブにどこまでも行くようになった。正直、見ず知らずの人とここまで仲良くなるとは思ってもいなかった。信頼することから始まる出会だったと思う。そして、この出会いや経験が自分の中の世界をも広げてくれたような気がする。
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いまの生活が充実しているのも、日々のモチベーションを維持出来ているのもその出会いがあったからだと思っている。この出会いがなかったら今の生活は何色に染まっていたのだろうと考えることもある。
あのとき、私のことを見つけてくれたことに心の底から感謝している。これからもずっと、一緒にいろんな景色をみたいと思う。
一喜一憂を共に出来る友達がSNSでも出来ること、そこまでのコミュニケーション能力と勇気を兼ね備えたことを数年前の自分は、信じてくれるだろうか。きっと、自分の可能性を信じずに一歩踏み出せなかった自分から変えてくれたのもSNSなのかもしれない。
たくさんの仲間と一緒に、同じ感情になれる空間がなにより好きだ。
これからも素敵な出逢いがありますように。