受験勉強をしているとふと、不思議な感覚に襲われた。まるで主人公の目線から撮った映画を観ているかのような、そんな感覚だった。
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私は幼い頃から母に瓜二つだったらしい。やっと歩き始めた頃の私の写真を見て、祖母が幼き日の自分の娘、つまり私の母と間違えたこともある。親戚からは私達の仲の良さも相まって一卵性親子とも呼ばれた。
今、私の視界に入っている、シャーペンを握った手。ほんの数秒前まで私の意志に従ってインテグラルを書いていた私の手。それが唐突に私の手とは思えなくなっていた。それはあの頃の母の手そのものだった。
幼稚園に通っていた頃の私は、母の手が好きだった。
丸っこくてふにふにした小さな私の手とは違っていた。すらりとした指。マニキュアを塗らない細く長い爪。鬼ごっこの後、熱を出した時、私の頬をそっと撫でる手の冷たさ。その時ふわりと香る母の匂い。
それら全てが私を落ち着かせた。それら全てが私の大好きな母とのつながりだった。
いつの間にこんなに時が経ってしまったんだろう。いつの間にこんなに私は大きくなったのだろう。
いつの間にか私は母と同じ手で、今の私と同じくらいの歳だった頃の母がしてきたこととはおそらく違うことをするようになっていた。この約1年、毎日12時間は見ている勉強中の私の手が、あの頃の母の手を、今日に至るまでの私の手を唐突に回想させた。
自分の決めた将来のために一心不乱にシャーペンを動かす。包丁やホイッパーを握って好きなお菓子作りや料理をする。私にとっての拠り所に心をまかせ、茶筅をふる。鍵盤の上を踊る指は、私が好きな曲を紡ぐ。好きな人と触れた手の感覚に胸を高まらせたことだってあった。失恋や、上がらない成績に抑えきれない涙を拭ったのもこの手だった。
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不意に手に力が入って、シャーペンの芯がノートをガリっと傷つけた。まだ白いページに真っ黒な跡が残った。手強い線に何度も消しゴムを叩きつけると、ああ、これはちゃんと私の手だと現実に引き戻された。
あの時の母の年齢まではまだ10年以上ある。けれど、私は既に自分だけの人生を歩みつつあるのだ。
受験勉強で心身共に疲れていたせいかもしれない。母とそっくりになった自分の手に18年の軌跡を辿って、そんな当たり前のことに胸を震わせた。
あれから1年ほど経って、私はさらに自分の夢へと踏み出した。様々な試薬やガラス器具を手に、薬剤師になるべく実習をこなしている。茶道も学校の部活ではなく、本格的に師範代の元へ通うようになった。
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あれからも時々、私は母の目線から手を見ている、そんな映画のワンシーンを観ているかのような、あの不思議な感覚に襲われる。そんな時、私は自分の成長を悟って、その度に嬉しいような寂しいような、なんとも言えない感情に胸を揺さぶられる。
私の手は、私だけに、私が通ってきた人生を物語る。同時に、この手は映画でもなんでもない、正真正銘私の手であり、これからの私だけの物語も紡ぐのだ。
こうして今エッセイを書いているように。