「幸せに生きなよ」
突然言われて驚いた。悩みはあっても、とくに不幸せではないつもりだ。バカにしているようにも感じた。
少し反論してみたが、納得しそうにない。面倒だったので、話をそらしてその場を後にした。このことはしばらく心に残った。
こんなことを言ってきた先輩とは、年は近いが性格は正反対と言っていいくらい違う。いつもなんだかちょっと上から見てくる感じがして、苦手意識があった。

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先輩はかねて、私の質素な生活に否定的だった。あるもので工夫して生きる楽しさは、華やかにお金を使う先輩からは理解し難いところもあるだろう。考え方が違うから仕方ないが、それにしてもばっさり反対意見を言うし、小さなことで敵視されているとも感じる。価値観の違いからちょっとした事件もあった。
加えて、最近私が読書の時間を多くとっていることが、こんなことを言われる原因だったと思う。

発起人が中心となってメンバーを集め、皆で一つの目標に向かって活動をしている。発起人の許可が出なかったから、内容についてはあまり書けないけれど、私はこの活動に参加できることを誇らしく思っている。
情報収集係を任せられたからとはいえ、本を読むばかりの日々を、退屈だと感じる人がいるのも当然で、実際私も少し疲れたりして、親しい他の先輩に愚痴をこぼしたりもした。
この先輩には度々込み入った話も聞いてもらっている。周りに人はまばらだったと思うが、それが聞こえていたのかもしれない。見る人から見ればちっぽけな目標で、そのために本なんか読んで、それで幸せなのかと問いたかったのかもしれない。基本的には読書自体も楽しく進めているし、余計なお世話だ。

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確かに、悩みはあった。本を読んでばかりで、本当に役に立てているのかと不安になったり、私だけ役割が小さい気がして心配になったりした。それが不幸せに見えたのかもしれないと、言われた時には一瞬思ったが、そんなことを思っての発言ではなかっただろう。
言ってきた先輩は私に対して否定的なのに、距離を詰めてくる。私の友人だった人たちもそんな感じで、懐柔しようとしていたんだと思っている。

私も30才を意識する年齢になり、若さを売ることはもうできないと感じている。その分、深みのある美しさを目指している。そういう素敵な女性を見てきたからだ。
しかし、若さを美しさであり、女性の唯一の魅力と見ている人が世の中には多いようだ。若いとか美しいとかで持ち上げられる時代は終わったと考える私の存在を認めることが、自分の価値観どころか、存在の否定にもなるんだろう。
彼女らは、自分たちの魅力がそこだけだと思っているように見える。必死になればなるほど、彼女らも年齢を否定できないことがよくわかる。でも、若さ以外の魅力はいくらでもある。彼女らがそれを見ようとしなかっただけの話だ。

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彼女らのような人はやはり多くて、関わらずに生きることはできない。何もしていなくたって、にらまれたりもする。結局は羨ましいんだろうと天狗になっていたけど、それなら目立たないよう、ひっそりと暮らすべきだと反省した。
偉人でさえ、「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」という。彼女らは何かと大きな穴を掘ろうとしているようだが、小さな穴を確実に掘った方が、成果はあげられるのかもしれない。
私は小さい自分に合う穴でいい。やっぱり、とりあえず今は本を読んでいればいいんだろう。鞄いっぱいに詰めてきた本が、まだ読み終えていない分だけでも山になっている。

彼女らとうまくやっていくためには、細かいことを考えるより、自分の道に邁進することが大事だ。きっとバカにはされる。真っ当な人がバカにされる様子はずっと見てきた。
バカにしている方がバカだと思うけど、放っておいているのは、その方がいろいろ都合がいいからだろう。それに、守るものがあったら、歯を食いしばってでも争いは避けるべきだ。
バカにされても、それでいいんだと胸を張り、とにかく今は本を読んでいたい。