あなたは覚えているだろうか?もしかしたら、今でも覚えているのは私だけかもしれない。
あれは、忘れもしない高校1年生の夏。校庭は太陽に照らされてジリジリと熱をもち、制服のままプールに飛び込んでしまいたくなるような、そんな暑い日のことだった。

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「ねぇー、購買に何か買いに行こうよ」
放課後、人が減った教室で突然口を開いたのは、いつも一緒に行動している女友達の1人だった。
その言葉に対して、その場にいた他の3人が大きく頷く。当時、軽音同好会に所属していた私たち4人は、いわゆる「幽霊部員」だった。
音楽は好きだったが、楽器を演奏できるわけでもなく、バンド活動したいわけでもなく、ただ単に「かっこいい先輩たちのバンドを生で見たいから」という下心に近い感覚で入部したのだ。

正式な部活ではなく同好会としての活動だったのもあり、活動日は特に決まっておらず、全く顔を出さない私たちに、先輩たちが活動日を知らせてくれることもなかった。そもそも、所属していたことすら知られていなかったかもしれない。
先輩たちのバンドに憧れていたくせに、全く音楽への熱量が足りなかった。
入学してからそんな日々が続き、あっという間に訪れた夏。相変わらず、手元に楽器はない。

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購買に着くと、そこには見覚えのある先輩がいた。軽音同好会の2年生だ。
「あ、先輩。こんにちはー」
商品を選んでいる先輩に向かって挨拶をすると、驚いた顔で先輩が振り向いた。
「えっと……誰?」
その言葉に今度は私たちが驚く。あまりにも軽音の活動に顔を出さなかったため、すっかり忘れられていたのだ。
「いや、ほら、私たち軽音の……」
おそるおそる言葉を続ける。先輩の視線は、私たちを真っ直ぐとらえていた。
「軽音?君たち4人?うちにいたっけ?ちゃんと活動してない奴らに興味ないよ。やる気ないなら抜けなよ」

まさに先輩のおっしゃる通り。なんとなく入った同好会で、何の努力もせず、結果も出さずな私たちに、誰が興味の目を向けるのだろうか。そんな中途半端なノリなら辞めてしまった方がいい。それがお互いのためになる最善の選択である。
しかし、その先輩の言葉に対して。私は咄嗟に口を開いていた。
「すみません、ベースの弾き方教えてください」
言った自分が一番驚いている。それもまさかのベース。確かに憧れてはいたが、ベースを弾く自分を思い描いたことはなかった。
「いいよ。じゃあ2年の教室でやってるから今からおいで」

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そこから、私たちの練習は始まった。楽器を演奏できる喜びと先輩たちと交流できる楽しさを噛み締めながら。
バンドとして活躍することはなかったが、それでも軽音同好会で得た出会いと思い出は、かけがえのないものとなった。
先輩、活動サボっててごめんなさい。あの時の先輩の言葉のおかげで、今の音楽好きな私が生まれた……かもしれません。