こたつで寝るのが好きだ。
ましてやこの時期になるとより一層。
寒い中こたつに足を入れて、足どころか首まですっぽり埋まって体を温めるのが至福だ。
小さい頃はそのまま寝てしまい、両親が2階の寝室まで抱っこして布団で寝ていたけれど、大きくなるとそうは行かない。

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中学に上がる頃から、私がこたつでうとうとしだすと、その様子を見た両親は、
「こたつで寝たらあかんで」
「布団でねーや」
と、寝る前に寝室へ行くことを促す。
「んー」と、適当に返事をし、あと5分したら、次のCMが始まったら、なんて考えているうちに寝てしまい、誰もいなくなったこたつの部屋で朝を迎えるのである。
そしてそこから体調を崩して寝込んで、こんなことになるなら一生こたつで寝るもんかと心に誓う……までがセットである。
ところが1月どころか1週間たたずして、また同じように体調を崩し、そしてまた同じように心に誓う。
それを知っているからこそ両親は、私が風邪をひかないように口うるさく「布団でねーや」と、いうのだ。

これは両親に限った話ではない。
以前同棲していたパートナーや、共同生活をしていた仲間たちも同じように、こたつや冷房の中で寝ることを止め、布団に入るように促す。
どうしてかってそれは私の体調を気にかけてくれているから。
私が明日苦しい思いをしないよう心配してくれているから。
「布団でねーや」という言葉は、愛があるからこそ言えるのである。

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親心を試す赤ちゃんのようで恥ずかしい話だけれど、たまに家に帰ってこたつで狸寝入りすることがある。
今か今かと待ち侘びていると、寝ていると騙された両親が、
「ちょっと!そんなところで寝んといて!」
と、ともにお決まりのワードを私にかけてくれるのが楽しみだったりする。
そして、うわー私って愛されてるぅと心の中でガッツポーズを決めるのだ。

これがお泊まりとかになると話が変わってくる。
寝室に入って、今だから言える話や暗闇だからこそ言いやすくなった話なんかをぶっちゃけるのが醍醐味で、そのままどちらかが寝落ちするまで喋り続けるというのがお決まりである。
そもそも布団で寝るし、私(もしくは相手)だってよその家のこたつで寝るなんて非常識なことはしない。
更に言えば一人暮らしをする私の家では、こたつで寝ようがベッドで寝ようが誰も何も言って来ない。
家主は私自身であり、他に誰も住んでいないのだから注意されることなんてない。
そしてちょっとした悪い心が出て、「今日ぐらいいっか」と、こたつで寝て暖かさで幸せいっぱいになり、頭痛とともに目覚める翌朝、大いに後悔するのである。

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そんなこんなで私は誰かと暮らす方が好きだ。
日常的に愛を感じることが出来るから。
「布団でねーや」
そんな何気ない愛に溢れた言葉を日常的に受け取ることが出来るから、誰かと暮らすって最高だ。