不自由はない生活。でも、私を愛してくれるのは、私しかいなかった

愛されないで育ったと思っている。
別に帰る家はあった。
3度の食事も漏れなく与えられたし、なんならおやつやデザートだって高頻度で食していた。
洋服に困ったことはなかった。
毎日洗濯された綺麗な服たちがあった。
お風呂も毎日入れていた。
タオルも清潔だった。
習い事もいくつか経験した。
塾や予備校にも通わせてもらった。
それでも。
どうしても、愛されていると思えないのだ。
両親は、何度も繰り返された父親の7股にも及ぶ不倫で離婚した。
わたしが小学校を卒業する頃の話である。
父親は家を出る時に、わたしと弟のことを抱きしめた。
「ごめんね」とも言われたような気がする。
以降、一度たりとも会っていない。
直筆どころか、印刷物であっても手紙は届かなかったし、養育費の未払いもザラであった。
母親は、
「また養育費払ってもらえてない」
「手紙のひとつも寄越さないなんてね」
と愚痴をこぼし、貴方たちは愛されていないという刷り込みが、ことあるごとに行われた。
それだけに留まらず、父親の不倫にまつわるあれやこれやを事細かに報告してくる始末。
それも、中学生になったばかりの幼い女の子に。
やがて母親は浅黒く肌の焦げた男を、我々の住処へと連れ込んできた。
初夏、地獄の始まりである。
いつからかその男が中心に世界が回り始めた。
特に母親は、その男のいいなりでなくてはならなかった。
食事が口に合わなければ怒鳴られた。
容姿や服装、言動行動にまでも文句をつけられた。
虫の居所が悪ければ物を投げ、破壊した。
ただ、人のことだけは殴りも蹴りもしなかったというだけの話だ。
その男は“先生”と呼ばれ、他者への教授を生業にしていた。
外面だけは反吐が出るほど良かった。
だから外界に生きる彼らは誰もこの男の本性を知らなかったし、それを信じる人はいなかった。
ある時期、訳あってその男の実家に居候していたもので、朝からパチンコに出かけ、一杯のラーメンを嗜んで夕方に帰宅する生活だった。
わたしと弟は留守番である。
やがて夜になると、寝室で4人並んで雑魚寝だった。
なぜか毎日、真夜中に目が覚めた。
騒がしいのである。
女が甲高い声で啼いている。
あの男女が寝ているはずのあたりが不自然に盛り上がって、絶えず上下運動が行われている。
弟も起きていた。怯えていた。
「何してるの?」とわたしに尋ねてきた。
「何してるんだろうね」
知らないはずがなかった、わかっていた。
でもわたしは何も言えず弟を突き放して、イヤホンで自分だけそこから隔離して強く目を瞑った。
この生活は何度かの四季を巡る程続いた。
母親は奴隷のようだった。
あるいは、娼婦のようだった。
気づけば男はいなくなっていた。
新しい女の元へ去っていったのである。
我々の住処には、母親と弟とわたし、3人だけが残った。
「なんで私だけこんなに不幸なんだろう」
「もう貴方達2人がいればお母さんは幸せなの」
この二言が母親の口癖になった。
聞くたびに胃酸が込み上げる。
わたしのことどころか、弟のことまでも無視して、あの男に心酔していたくせに。
可哀想なのは我々の方である。
いなくなった途端、その矛先はこちらか。
歪んでいる。
もう、愛されていると思えないよ。
今かけられる言葉も、過去にかけられた言葉も、心からの愛だったとしても、もう嘘にしか聞こえないよ。
演劇の中にいるような。
映画を見ているような。
全てが他人事だ。
また、ある時の出来事も強烈だったことを記憶している。
中学生の頃の話である。
体調があまりにも悪くて学校を早退することになった。
母親が車で迎えにきてくれて、乗り込んで。
吐きそうだった、そう言葉にした。
母親は焦って紙袋しかないと差し出して、わたしはそこに吐き込んだ。
その瞬間である。
「ちょっとやめて〜、車汚さないでよ?」
吐いた直後でもしっかりと脳内に響いた。
心配の一言すらない。
車がそんなに大事か。
もはや体調よりも心の方が辛かった。
以降、母親の運転する車に乗ると、酔うようになってしまった。
他の車も、バスも、電車も飛行機も、どの乗り物も酔うことはほとんど無いのだが、母親の運転する車だけがどうしても、無理になった。
言わずもがな、完全体となったトラウマである。
わたしにとって「あれ、もしかして、わたしの存在って邪魔なんだ?」と思うには十分すぎたのだ。
さて、長々と過去を振り返ったところで、愛について考える。
わたしの人生のテーマは、「愛を配ること」である。
「たとえ傷ついても、ここに来れば大丈夫」と思える居場所になりたい。
どこにいても安心できないし、不安だし、誰も抱きしめてはくれなかったし、欲しい言葉もくれなかった。
誰も、守ってくれなかったし、助けてくれなかった。
じゃあ、誰がわたしを救えるの?
そんなの、わたししかいないよ。
そう思って生きてきたから。
そう思って、自分の欲しい言葉を自分に言い聞かせたし、美しいものを、安らぐものを自分自身に与えてきたし、バリアも張ってきた。
そこにいるあなたも、実はそうなんじゃないかなと思うから。
あなたのためにわたしがいるんだよって伝わってほしいから。
「ここには愛がある」
そう思える居場所になれたなら。
ある種、愛がわたしを強くしたのだと思う。
わたしが愛の戦士プリキュアとなって、みんなに愛を配る。
愛されなくても、愛することはできるから。
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