高校2年生の春、原因不明の病に悩まされていた。
気圧のせいなのかな?初めはそう思っていたけれど、1日中頭が痛かった。
朝起きて学校が近づいてくると胃がキリキリと痛くて締め付けられるようだった。
動いている時、じっとしている時、構わずキーーーンと耳から音がするようになった。
起きていても目を瞑っていても、コーヒーカップに揺られているような感覚。
ドクドクと周りに聞こえてしまうのではないかと思うくらい、大きくて早くて痛い動悸。
朝が来るのが怖くて夜は眠れなくなった。
食欲が無くなって、お腹が空かなくなった。それからご飯は食べられなくなった。

◎          ◎

心配した母が病院に連れて行ってくれた。
「片頭痛」「緊張性頭痛」「過敏性腸症候群」「メニエール病」「不眠症」「自律神経失調症」と、聞いたこともない名前が次々と出された。
この時、原因不明の為に初診で通院したのは10件以上。
処方された薬でも改善が見込めず辛かった。

そうしているうちに、意味もなく涙が流れ出して止まらなくなった。
笑顔が唯一の取り柄だったのに、突然笑えなくなった。
誰とも話したくなくて一人でいるほうが楽だった。
部屋に籠る生活が始まった。
暗い部屋の中で思うことはマイナスなことばかりで「消えたい……」何度そう思ったかわからない。

どんな時でも母は私の部屋の前まで来て、「今日はご飯食べられそう?」と聞いてくれた。
冷静に判断できる時は受け答えがしっかりできるけれど、できない時は感情任せにひどい口調で声を荒げてしまうこともあった。
そして、母に言ってしまった「うるっせーーんだよ。何で私なんか産んだんだよ。産まれてこなきゃ良かった」。
この言葉が引っかかっている。
我に返り、言い過ぎた自分を責めた。

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母からの提案で、最後の望みをかけて行ったクリニック。
問診票を見ながら院長先生が言ったのは、「うつ病ですね」だった。
当時は今ほど精神疾患について情報が少なかったので、診断後はネットサーフィンをしまくったのを覚えている。
周りの認知も低く、精神疾患=ヤバいやつ(メンヘラ)だったので、周りの友達には恥ずかしくて言えなかった(今は思い出話として笑って話せるようになったので、当時の同級生に話すととても驚かれる(笑))。

投薬と2週間に1回の通院が始まってからも、母は送り迎えをしてくれた。
毎朝起きると「調子はどう?」と気にかけてくれた。
どんな時でも優しくしてくれる母を見ていると、あの時すぐに「言い過ぎてごめんね」と言えなかった自分が憎い。
時間が経ってしまって、母は覚えているのかわからないし、気にしていないのかもしれないと思うと謝れなかった。

6年経ってしまって、今更だけれどちゃんと謝りたい。

ままのお陰で前向きにここまで来れたよ。
あの時は酷い言葉を言ってごめんね。
そして、ずっと側で見守ってくれて支えてくれてありがとう。