進学で生まれ育った街を離れた。
新しい生活に、出逢いに、期待を膨らませ。

私は何よりも駅近物件を選んだ。
学校に向かうバスは駅が始発だったため、席に座りたい欲には勝てなかった。
駅から徒歩3分。
最高の物件だ。
近くにスーパー、コンビニ、郵便局、パン屋さんがある。
生きていくのに困ることはないだろう。

部屋も1人で暮らすのに最低限の広さだ。
6畳の1K。
掃除も毎日しないだろうし、これくらいがちょうどいい。
私は白色が好きなため、床も壁も白の部屋を選んだ。
家具もモノトーンで揃えるのがこだわりだ。
まぁ、お金に余裕があるわけではないので、「お値段以上」な家具を選ばざるを得なかった。

◎          ◎

生活を始めてみると分かることがある。
人間ってこんなに髪の毛抜けるのか。
毛量は多い方だと自認しているが、予想を越した量の髪の毛が落ちている。
実家では全く気にならなかった。
そして、家事の負担の重さである。
家に帰ってから掃除、自炊、洗い物、洗濯。
そんなやる気など残っていない。
授業にサークル、バイトを終えてからなど無理だ。

ため息をひとつ。
社会人になってからは働きながら家事をしないといけないのか。
ベットに座り、スマホを見ると通知が一件。
「体壊してない?」
母からのメールだった。

母は仕事をしながら家事をこなしていた。
文句も言わず、お金がもらえるわけではないのに、黙々と家事と仕事を両立させていた。
そんな母に私は感謝の言葉すら言ったことなどない。
母なんだから当たり前。
いや、私が当たり前にしてしまったのだ。

母がいることでシワのないシャツを着れた。
母がいることで温かいご飯が食べられた。
母がいることで私には帰るべき場所があった。

親から巣立って一人暮らしを始めた今、私は母の存在と偉大さに気付いた。
親から離れて自由な暮らしがしたい?
まだ一人前にもなってないのに自分だけで大きくなってきたと勘違いしている。
浅はかだった。

◎          ◎

気がつくと、私の指は母へ宛てたメールの返信をしていた。
「今まで毎日ご飯とか家事してくれてありがとう」

普段ならこんなLINE送らない。
でも今は少しでも感謝を伝えたい。
すぐに母からの返信があった。
親指を立てたスタンプが1つ。
母らしいなぁ。

今も私は社会人として一人暮らししている。
保育士として働くのは心身共に疲弊するが、自炊や掃除を怠ることなくやっている。
以前、子供たちに将来何になりたいのか聞いたことがある。
ケーキ屋さん、ペットショップ店員、仮面ライダー、警察官。
将来の夢は人の個性が見えて面白い。

「先生は何になりたかったの〜?」
「先生は保育園の先生になりたかったんだよ」
「じゃあ夢叶ったね!」

子供の頃の夢は叶った。
次は母のようなお母さんになりたいかな。