ふと薬局で無意識に紫の歯ブラシを手に取ったとき、もう何色でも一緒なんだと思ったことで一人暮らしを実感したのをよく覚えている。
大学進学を期に一人暮らしを始めた私は、環境の変化に追われホームシックになる間もなく、一人暮らしの気楽さにすっかり馴染んでいた。
多少散らかしても何も言われないし、好きなものを好きな時間に好きなだけ食べられて、好きな格好でうろつける。大好きな半身浴を何時間していようと誰にも迷惑をかけない。家事や雑事は全部自分に降りかかるけれど、1人分なんてたかが知れている。
1人になることによって手にした開放感に比べれば、家事雑事なんて些細なことでしかなかった。
◎ ◎
実家が嫌だったとか、息苦しかった訳ではない。家族仲も良いし、実家に居たときは和気あいあいと暮らしていた。
ただやはり、他人と暮らすのは気を使ってしまう。これは誰に問題があるとかではなく、私の性格の問題なんだろう。
少し気弱で過度に気遣い屋な私は、テレビのチャンネル権はすぐに譲ってしまうし、何かと忙しい親の代わりに家事の手伝いもよくしていた。それに、家族の機嫌に応じて明るく振る舞ったり、冗談を言ったりするのも私の役目だった。誰かが怒っていたり喧嘩が起こりそうなのを察知すると、わざと自分のとぼけたエピソードを話してみたり、家族の好きなアイドルなどの別の楽しい話題を提供したりした。もちろん誰に強制されたわけでもないが、性格上勝手にそう振る舞ってしまう。
今思えば、これは結構負担だったのだと思う。一人暮らしになって、誰の顔色も伺うことなく生活できるのがこんなにも楽だなんて思いもしなかった。
◎ ◎
一人暮らしをして、人生で初めて電球を替えた。冬場に屋外置きの洗濯機が凍ったこともあったけれど、それも自力で直した。さらに、虫にも動じず冷静に処理できるようになった。
そういう時、今まで家族に頼っていた部分を再認識する反面、私は2本の足でしっかり地に着けて立派に暮らす自分が誇らしくなる。
一人暮らしは強くなるのだ。強くならざるを得ないのかもしれないけれど。
皆と一緒に暮らすのは、確かに賑やかで楽しい。音と光に溢れた人の温もりのある家に帰れるのは、とても幸せだと思う。しょうもないことを言い合って笑い、たまには喧嘩したりして。1人きりだと気楽な反面、体が弱っている時や1人でご飯を食べる時、眠れない静かな夜、時折ふと寂しくなるときもある。
どちらも良し悪しで、どちらが向いているかの違いでしかないのだが、どうやら私には一人暮らしが向いているみたいだ。
◎ ◎
もしこの先また誰かと暮らす時が来るなら、順当に行けば同棲や結婚、そんな人生の分岐点で環境が大きく変わる時と予想される。
いずれは私も家庭を持ちたいとは思っているが、今はまだこの一人暮らしの気楽さを手放せる気がしない。この気楽さに勝る何かを見出すまではきっと、私は一人暮らしを続けるんだろう。