私の故郷は、県庁所在地といえど、見渡せば山と広い空。少し車を飛ばせば、海や湖があるところである。都会と比べれば、とても田舎で、ファッションビルや、ラウンドワンなどなく、娯楽は市内に1つのショッピングモール。学べる選択肢は少なく、大学は県内に2つ。
小さな世間で、挨拶しなさい、派手なことをするな、と言われる度に違和感の連続。
幼い時から、ここじゃないどこかへ行きたかった。

その中での私の支えは音楽と映画。
好きなアーティストがライブに来るなんて夢のまた夢だったけれど、どんな時も音楽はいつも側にあって私を助けてくれたし、レンタルビデオ屋で面白そうな映画を見つけるのが好きだった。

18の時、父は県外へ出て違う世界を知ることが大事だと言って県外へ進学させてくれた。関西へ進学した私は、やっと自由になれたと思った。
好きな音楽のライブにはすぐに行けるし、映画館が沢山あるなんて環境を刺激的に感じた。
それと同時に、「地元は何もない」「帰りたくない」「面白くない」と故郷を嫌悪する気持ちが増した。

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でも、そんな私に違和感を持たせた出来事が22の時にあった。
「地元は何もない」「つまらない」「都会はいいよね」「羨ましい」と呟く友人。
就活で出身の県を答える私に、「行ったことあるけど、何も無かった。田舎だった」と言う人。会社説明会では、「営業で担当したことあるけど、何もない場所だ」と馬鹿にしたように話す人。地元から関西に帰るバスの中で「田舎でつまんなかったねー」と大声で騒ぐ人。
これからどうやって生きていこうか考えて悩んでいたその時の私の目の前に現れた全ての人たちに、腹が立って悲しかった。

そこで生まれ育ったことがない人間が何をいうのか?
何を知っているのか?
緑の美しさもそこにある豊かさも、空気の綺麗さや海の幸が美味しいことや穏やかな人が多いことを知ろうとしたのか?
住んでいる人でさえ、つまらないと思っているなんて。

自分が何もないよというのは、どこかに愛があったからだ。
本当は知っていた。
故郷は空が広くて、夕陽も月も星もいつも綺麗に見渡せる美しいところだと。
都会にいると空が狭くて自分がどこにいるかたまに分からなくなる。
故郷にはそこにしかない良さがあることを知っていた。

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その出来事のあとから、故郷を盛り立てたいという想いが沸々と湧いてきた。
故郷にいる子供達に「地元は何もないよね」なんて言わせたくない。

父が、故郷じゃないどこかへいくことが学びへとつながると、教えてくれた。
だから、私はいつかこの想いを還元したい。
今も私は関西で足掻き続けてる。
きっと、まだ帰れない。
音楽と映画、いつかフェスをやる。
これが私の故郷に対しての見たい景色である。