私は、父に怒られたことも喧嘩したこともなかった。私が就活をする21歳までは。

ベンチャー企業に入ろうとする私と、大手企業でずっとやってきた安定志向の父で、真正面から意見がぶつかった。
これまでの進路選択において、たとえ母が私の意志を否定したとしても、父はいつも肯定して、応援してくれていた。
そんな父が心強かった。両親のどちらかに否定されても、どちらかは応援してくれている。それが安心感になっていた。

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だから、そんな父に否定されることがショックだったんだと思う。
同時に、母にも否定されていた。人生で初めて、両親ふたりと意見が合わなくなった経験だった。
そのショックが大きくて、余計私も反発してしまった。
「お父さんと私の生きる時代が違う」
「もうそんな時代じゃない」
今思えば、私が大手企業に行きたくないと発言することは、父の生き方を否定することにも近かった。
私はそんなつもりはなかったけれど、言われてる側からしたら、そう受け取ってしまうのかもしれない。
あとから弟に言われた。
「あんなに頑張って働いてきたのに、娘にそれを否定したら辛いに決まってるでしょ」
それを聞いて胸が切なくなったのを、今でも覚えている。

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父は子ども時代、早くに両親を亡くしたのもあって、お金に困る生活を送っていた。
お昼ご飯を食べるお金もなくて、学校の水道水をひたすら飲んで空腹を紛らわせていたという。
子供のころからその話は聞いていたが、あまりに恵まれすぎていた私は、それを本当にあった話だというイメージがなかなかつかずにいた。
今も、お昼が食べられない生活を自分ごとのように、想像できずにいる。
父はそれほど貧乏な生活を送っていたから、
「自分は絶対ちゃんと稼いで、自分の家族にはそんな惨めな思いはさせたくない」
という強い思いを持って働いている。
お酒を飲んで酔っ払うと、いつもそんなことを家族に熱弁していた。

強い思いを持って、毎日のように深夜まで、土日も家でも仕事をしてくれていた30年数年。
私はそれを否定したかったわけじゃない。けど、それが否定されたような気持ちになっていたら、ごめんなさい。本当に本当に、ごめんなさい。

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ただ、今でも、親と私が生きる時代は違うと思っている。だから、親の時代の正解が、私たちの正解ではないだろうとも。
だから、自分達の正解をどうか押し付けないでほしい。私も、親の正解を否定しないようにするから。
そして私が父と同じくらいの年代になったとき、自分の正解を若い人に押し付けないような歳の取り方ができたらいいな、そんな努力をしたいと思っている。

家族を養うのって、簡単なことじゃない。自分が貧乏だったネガティブな過去を糧にして、頼れる親もこの世にいない中で、一生懸命頑張れるって本当にすごいことだと、大人になった今、より痛感する。
いつか私に子どもができたら、お父さんのすごさがもっともっと、わかるんだろうな。
そのときは言わせてください。あのとき言えなかったこと。

ごめんなさい。
そして、これまでずっとずっと、ありがとう。