成長と聞いて、あなたなら何を思い浮かべるだろうか。任される仕事が増えたとか、人に対して苛立ちをぶつけなくなったとか、環境の変化によるものは多い。そして時に、

「どうしても実現させたい!!」
という己の欲望が、信じられないほどの成長をもたらすことがある。

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「プリンが食べたい!!」
それは、あまりにも唐突な心の声だった。
ある日、1人家でお休みを満喫していた私は、急にプリンが食べたくなった。よほどの大好物で、普段から冷蔵庫に入っているならまだしも、その時家には、お菓子は全くなかった。
どうしても、食べたい。しかし、そのためだけにコンビニに買いに走るなんて面倒だ。どうしよう。悩む。
「そうだ!!」
買わないなら、作ればいい。そう気づいてからの行動は早かった。

スマホでレシピを調べる。材料は、卵、牛乳、砂糖。思ったより簡単そうだ。確か、全部あったはず。
台所に行ってみる。早速、フライパンと蓋を発見したが、使い込んでいるせいか、汚れている。まずは、これを洗わねば。
洗剤をつけたり、ハイターをかけたりすること1時間。ステンレス製の蓋は何とかきれいになったが、鉄製のフライパンは錆びていて、落ちそうになかった。洗い物だけでこんなに時間がかかるなんて、料理をするのも考えものだ。

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別のフライパンを使うことにし、気を取り直していざスタート。牛乳をレンジにかけている間に、狭い作業台の上で何とか卵を割る。あれ、泡立て器がない。仕方ない。近くにあった菜箸でぐるぐる混ぜる。そこに、温めた牛乳を入れて、また混ぜる。いい感じ。
砂糖は、三温糖。お菓子作りにはあまり使わない種類のものらしいが、そんなことはどうでもいい。とにかく私は、プリンが食べたい。ひたすら、黄色い液体を混ぜ続けた。
ここまでは順調。よし。後は、濾してフライパンで蒸すだけだ。
待てよ、茶漉しなんて家にあったかしら。そう思って辺りを見回すと、あった。作業台の上の戸棚に取り付けられたラックの中で、その子はキラキラしていた。
「使って、使って!!」
と、言われたような気がした。
「やるじゃない」
思わずにんまりしてしまったのも束の間、問題はここからだ。
不器用な私のことなので、ボウルからお玉で液をすくって小さい茶漉しに通すなんて、サーカス並みの高度テクニックに思えて仕方ない。こぼすに決まっている。しかし、ここまで作ったからにはきちんと完成させたい。
私は、意を決して、息を止めながら2つの器に流し入れた。その時間は、長すぎて死ぬかと思った(冷静に考えれば2~3分間のできごとだろうが、不器用な人間はどこまでも不器用なのかもしれない)。

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器にアルミホイルをかぶせてフライパンに並べ、お湯を張って、蓋をする。そして、15分間のタイマーをセット。火をつけたいが、1人で料理をしたことがない私なので、うまく行かない。年季の入ったガスコンロをひねりながら、
「壊したらごめんなさい」
と、最悪の事態が頭をよぎる。まさか、そんなこと、ないよね。
びくびくしながら、ようやく点火。ボッという音に、
「こりゃ強すぎだわ」
と、あわてて弱火にする。
その後も、気が気でなかった。フライパンを見つめ続けて、気がつくと12分が過ぎていた。

「火加減、強すぎないかしら」
ふと、そう思った。そして、ガスコンロをひねった。その時だった。ジュッと、なぜか火が消えた。
ガス漏れなんてしたら、大変だ。パニックになった私は、スマホを握りしめて、ありとあらゆる対処法を試した。換気もしたが、フライパンはそのままにしておくより他になかった。
心細くなった私は、仕事中の母に連絡した。すると、
「コンロのつまみは元に戻して、そのままにしておいて」
と言われた。どうやら、対処は間違えていなかったようだ。ガス漏れもなさそうだ。ホッとしたら力が抜けてしまった。カラメルを作る体力は、残っていなかった。
とりあえず片づけよう。器をフライパンから出して、横に揺らしてみる。ぷるんときれいで、ご機嫌な仕上がりだ。よかった。そのまま冷やすことにした。

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「おいしそう」
仕事から帰って冷蔵庫を開けた母は、真っ先にそう言ってくれた。あんなことになったのに。そう思って事情を話すと、
「吹きこぼれたんじゃない?」
と、何でもなさそうな顔をしている。主婦って、何て強いのだろう。
夕食の後、母と私は1つを半分ずつ食べて、1つは次の日の朝、父の胃の中に収まった。
何を考えたか、3人いるのに2つしか作らなかった私。致命的な大失敗だが、形はどうあれ、目的は果たせたのだ。そして、皆が喜んで食べてくれたことは、大きな自信になった。
「プリンが食べたい!!」
そんな小さな思いつきから始まった怒涛の1日は、こうして無事終わったのだった。

1時間の工程で、2つのプリンを作る。それなりに体力を使うし、考えるべきことはたくさんある。作業が進むたび喜んだり、心配したり、感情も大忙しだ。疲れた。
それでも、考え方次第でやりたいことは叶えられるとわかった。私は、確かに成長したのだ。
次は、クリスマスか、お正月か。今度こそは、家族4人揃って、カラメルのかかったおいしいプリンを食べよう。私の挑戦は、まだまだ続く。