もし百万円を自由に使っていいと言われたら、「経験」を買いたい。たとえば、飛行機のファーストクラスに乗ったり、海外旅行に行ったり、オーケストラや舞台を一番いい席から鑑賞したい。

それには理由がある。今までの経験上、高いけど払ってよかったと思えるものはたいてい「経験」を買ったときである。

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たとえば、乗馬体験はかなり印象に残っている。
山梨県で1時間半ほど馬に乗って山を散策した。金額は約15,000円だ。行く前はかなり高いと感じたが、かねてから一度は手綱を引いて馬に乗ってみたいと思っていたので予約した。

結果、会計時には気持ちよく15,000円を払った。また乗りたいとすら思った。
乗馬は初めての私なのに、足で馬のお腹を蹴って「歩け」の合図をすると、馬はゆっくりと歩き出してくれる。手綱を引き、「止まれ」の合図を出すとピタッと止まる。何て従順で賢いんだと感心した。

しかし、歩き出してから数分が経ち、少し慣れてくると、馬は本来の散策コースから外れて勝手にショートカットをし始めた。賢いゆえにどの道を進めば楽ができるか分かっているらしい。私の合図を無視して歩いていくので焦っていると、スタッフに「馬にナメられてます!」と笑いながら言われた。馬は本当に賢い……。

寄り道をしながら無事に散策を終え、最後に馬に軽く走ってもらった。優雅に乗っていられるものだと思っていたが、想像とは全く違った。こちらがかなり内ももに力を入れる必要がある。馬に乗るとはこんなに大変なものなのかと驚いた。

帰り際、馬に面と向かって「今日は乗せてくれてありがとう!」と言うと、鼻息で鼻くそを飛ばされ、見事に私に降りかかった。分かっててやられてるような気がしてめちゃくちゃ笑った。
乗馬体験に行ったのはもう5年ほど前なのに、今でもはっきりと覚えているくらい楽しい経験だった。学びもあった。こういうことには喜んでお金を払いたいと思う。

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また、新婚旅行として泊まった箱根の高級旅館も印象深い。
もともと海外に行く予定であったが、コロナの影響で諦めざるをえなくなり国内旅行に変更した。それもあって、普段は行けないような高級な旅館を予約した。

部屋の美しさ、広さ、周囲の景観はもちろん良かった。ご飯も美味しかった。でも、何よりも接客が素晴らしかった。担当の客室スタッフから清掃スタッフまで、全員がすれ違うと立ち止まって笑顔で挨拶をしてくれるのだ。さらに夕食時に食べきれなかったご飯は、その後おにぎりにして部屋まで持ってきてくれた。また、チェックアウト時には写真をプレゼントしてもらえた。

最初から最後まで、最高のおもてなしを受け、高級旅館とはこういう所なのかと感銘を受けた。この経験があるからこそ、安さと手軽さが売りの宿泊施設で高い接客スキルを求めるのはお門違いだとも学んだ。

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対して、経験ではなくモノを買ったときはどうだろうか。
数年前、ボーナスでブランドの指輪を買った。もちろん可愛いし、とてもお気に入りではあるが、無くても私の人生は変わらないと思う。

しかし、モノを買った場合でも一眼レフのカメラを買った時は違った。
友人に影響されて10万円近くするカメラを買った。思い切った買い物だった。しかし、旅行に行くたびにきれいな写真を撮ることができたし、自分なりに勉強していくうちに、いくらか撮影が上手にもなった。上手になったので、仕事でホームページや社内報に載せる写真を撮る係に任命された。

カメラを買ってよかったと思えるのは、物自体を気に入っているというよりも、その後の経験が色濃かったからだと思う。結局は経験を買って満足している。
百万円があったら、時間が経っても満足していられるよう、思い出や自分の糧になるような経験を買いたい。

百万円欲しいな……。