住んでもいないくせに、勝手に「ふるさと」だと思っている町がある。

自然豊かで古びた建物が多い町だが、大きなゲームセンターとショッピングセンターがあって、週末、小学校低学年の私はよく父に連れられて遊びに行った。
だいたい私はそこで、当時、女の子の間で流行していた『オシャレ魔女♥ラブandベリー』というカードゲームで遊んでいた。
微妙なカードが出たとか、ゲームの勝敗に納得がいかないとかで「もう1回!」とねだる私に、父は母に内緒で「もう1回」をさせてくれた。
近所のスーパーより、品揃えが良いのでポケモンパンを買いに行くこともあった。
好きなポケモンの付属のシール(というよりポケモンパンは付属のシールがメインなところがあるのだが……)が出て、ルンルン気分で水筒に貼って登校したその日に無くなっていて悲しかった思い出がある。あのとき、母、ちょっと怒っていたな。

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あれから数年。
中学3年生の私は、その町にある高校への受験を決めた。同じくらいの偏差値の高校は街中にも2、3校あったのだが、高い建物が少ないその町から見える空は大きく、遠くに沈む夕日も、広く伸びる夕焼けも綺麗に見えることから受験を決めた。
もっと上の学校を目指せるぞ、と担任の先生に言われても、私は志望校を変更しなかった。

見事合格した私は、この空を見ながら毎日帰った。
放課後、街中の高校生は最新のブランドが並ぶショッピングモールやカフェで遊んでいたのだろうが、私の高校がある町には例のゲームセンターとショッピングセンターがあるくらいだ。

小学生の頃、そこは大きくて色んなものがあって、夢のような遊び場所だったけれど、高校生になった私はとっくにそこが所謂「田舎のゲームセンター」と「田舎のショッピングセンター」だと気づいている。入っているブランドも、置いてあるゲームも、フードコートのお店も古い。
でも、放課後の遊び場なんてここしか無いんだから、ここで楽しむしかない。

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大学進学後も、高校3年間を過ごした「ふるさと」でアルバイトをする。この景色に飽きてもおかしくないのにも関わらず、またこの町を選ぶ自分が不思議でたまらない。
さらに、今でも休日にふらっと訪れては散歩なんてしちゃう。
小学校、高校、大学と、わたしは「ふるさと」と関わっていた。いや、「繋がっていた」のほうがしっくりくる。
生活のどこかに「ふるさと」と繋がる時間があること。その状態が、なんだか落ち着くのである。

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休日、私は散歩をしながら「ふるさと」で過ごした思い出に浸ることはほとんど無い。
確かに其処此処に各時代の私の青春があるわけなんだけど、あまり自然と蘇ってはこない。
それより、もっと新鮮な気持ちで歩いている。

毎回、私は「ふるさと」から見える空と、日によって変わる光の差し込み具合に新しい発見をするのだ。
勿論、どの町から見える空も光も毎日違う。しかし、この町の持つ豊かな自然と情緒とが織りなすノスタルジーが日々変わる空と光で新鮮さを持ち始めるのだ。
そして、新鮮でありながらも、「ふるさと」と呼ばずにはいられない。

コロナ禍ではあるが、この年末年始、ふるさとへ帰省する方も多くいらっしゃるだろう。私の住む町にも小さな子供の高い声が響いている。帰省したのであろう若い夫婦と何組かすれ違った。私の住む町も誰かにとってのふるさとである。
私もいつかこの町を「ふるさと」と呼ぶ日が来るだろうか。
もし来ても、私の1番のふるさとは、あの町のような気がしている。