私は故郷が嫌いだった。
まずどのくらいうちが情けない場所か、少し説明しよう。

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田んぼや畑ばかりの風景。客が来なさ過ぎてシャッターが閉まり切った商店街。道を歩いていても、素敵な出会いなどあるはずもなく、車に撥ねられたたぬきと遭遇しまくる。

往来で服を脱ぎ捨てて暴れても、誰も見ていないのではないかと本気で思えるくらい人がいない。解読不可能な方言で話しかけてくるお年寄りたち。
出身地を言うと、「おっ……そこは……えっと、あぁ……」などと万人を困らせてしまう。有名なものなど思いつかないのだろう。出身地を言っただけで、こんなに人を困らせられるのだから、凄いものである。

いかがだろうか。この他にも言いたいことは沢山あるが、いかに私の故郷が何もない場所かご理解いただけただろうか。

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そんなどうしようもない町である。
このどうしようもない町を、すばらしいなどと一度も思ったことがない。しかし嫌いではなくなった。
そのきっかけは、東京都出身の友人である。

まず日本には、絶対的な権力を持った土地がある。それはどこかなんて言うまでもないだろう。東京都だ。あらゆる文化がひしめき合い、三歩歩けばコンビニやレストランなど楽しい場所が大量に揃った、日本国民が誇る首都だ。

大学生のころ、その東京都様出身のご令嬢が、恐れ多くも私の友人になってくれたのだ。
私が自分の出身地について語ると、彼女は目を輝かせ、まるで遠い外国の話でも聞いているような顔をしていた。失礼すぎるが、森や畑なんて絵本でしか見たことのない彼女にとって、私の出身地など異世界である。

彼女はとても優しい子で、いろんな場面で助けられた。
新宿駅で迷子になって呆然としている私を助け、人に酔っている私を新宿御苑まで運んでくれた。スポーツブランドばかり着用していた私に、都会人らしい服屋を紹介してくれた。他にも沢山助けられた。

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ある日、私が田舎の話をしていると、彼女は「是非行ってみたい」と言いだした。今度の長期休暇に友人と向かうらしい。「やめておけ」と私は言った。
折角の長期休暇なのに、わざわざ私の出身地に行くとは何事だろう。時間の無駄である。
私がこんなに言ったのに、彼女は「行く」と言ってきかなかった。人の忠告をきかないとは、そんなに田舎に興味があるのか。仕方ないので私は、ついになけなしの観光地を教えて、彼女を送り出したのである。

長期休暇なのに、お前は実家に帰らないのか?と思われるかもしれないが、長期休暇だからこそ帰らなかった。折角の休みをド田舎で過ごすのは御免である。
都会にのこった私は、とても充実した休みを過ごした。有名な喫茶店に行きまくり、美術館や博物館、テーマパークなどまわりまくった。
ああ、楽しい。こんな楽しいことは、田舎にはないのだ。やはり東京最高である。みるみるうちに財布は空になったが、それでも最高だった。

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それから長期休暇が終わり、彼女が田舎から帰ってきた。大学で会うと、「あなたの出身地はとてもステキで楽しかった」と旅行の話をされた。またそんな社交辞令を並べて……と私は東京で購入したお洒落なパンなどを齧りながら、適当に聞いていた。
あまりにこちらが適当に聞いていたので、友人は旅行で撮った写真を見せて来た。
何となくそれを見て、「おっ」となった。

こんな綺麗な海があっただろうか。うちに。遠くにうっすら見える島と、雄大な風景。それをバックに写真を撮っている友人。
何だか、物凄く特別なものに見えた。写真で見ると、いつも見ている風景と違って見えたのだ。
「綺麗でしょ?」と言われたので、「まあ、私の故郷だからね」と言ってしまった。

今も自分の故郷を自慢できない私だが、たまに海を見に行くことがある。潮騒と広い海を見ていると、こんな場所も悪くないなと思えるのだった。