私は元・シティガールなのだろうか。
東京で生まれ東京で育ち、両親も東京出身の私は、はたから見たら生粋の江戸っ子だ。
私の生まれ育った町は、治安もよくこぎれいで住みやすい。しかし交通の便が悪くメインの交通網がバスのため、道路が一度渋滞してしまうとなかなか抜け出せないという難点があった。

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職場でも私の町は「陸の孤島」などと揶揄され、「とても東京とは思えないよねぇ、あのあたりは」と言われる始末だった。

そんな土地柄からか、つい最近まで、近所には気の利いた飲食店などひとつもなかった。スタバもドトールもなく、おしゃれなイタリアンも、行列のできるラーメン屋もない。コーヒーを買うならコンビニくらいしかない。
地元で遊びに行くとしてもボーリング場くらいしかなく、ショッピングセンターやレジャー施設などに行くならバスで長時間移動しなければならない。

そんなこともあってか、数年前まで私の地元への思いはとても薄いものだった。
平和だが退屈で、なんの面白みも特徴もない、至って真面目な町。それが私の中のふるさとのイメージだ。

人にたとえたら、きっといつもニコニコしてはいるもののあまり自分からは話すことはせず、たまに口を開いても面白い話もできないような人だろう。
趣味もなく話題も少ないので、一緒に遊ぶにはお金はかからないものの会話がもたない。一緒に遊園地に行ったら待ち時間が地獄だろう。服装はダサいチェックのシャツなど着ているかもしれない。いかにもモテなさそうである。

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大学を卒業してからは早くそのつまらない生活から抜け出してしまいたくなり、別の町で一人暮らしを始めた。

せっかくなので、地元とは打って変わって、繁華街もある賑やかな町を選んだ。家のそばにはグルメ雑誌に載るような有名店もあり、豆まで売っているようなコーヒースタンドもたくさんある。夜遅くに帰っても、飲み屋の明かりが煌々とついており、孤独を感じることもない。休日は観光客でごった返すものの、行くあてには困らないし、人を誘っても何時間でも潰せる。

人にたとえるなら、明るくてチャラチャラとしており、いつも輪の中心にいるタイプだろう。
話題のドラマや映画にも詳しく、気の利いたお店もよく知っている。遊びの誘い方も自然で厚かましさもなく、段取りも要領よく進めてくれそうだ。彼がいれば何時間でも盛り上がるだろうし、一緒に遊んだ誰もが「困ったときにはまたあいつを呼ぼう」となるだろう。きっと髪はゆるいパーマでもかけていて、人との距離感も近いはずだ。

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しばらく過ごしてから気づいたことがある。それは、おいしいスイーツやラーメンも、そこまで毎日食べたいものでもないということだ。いつも陽気でアクティブな人と何年も一緒に過ごしたいかと言われると、かなり疑問が残るのと同じかもしれない。

この町を擬人化したような人と結婚するなら、少し考え込んでしまうだろう。
一生暮らすには適切なのか、日々遊び歩いて家庭もかえりみず浮気する典型ではないか。だいたい毎日ペラペラ喋られるのもつらい。さっぱりした顔であっさりした会話をする人と過ごしたい。
年齢を重ね、ようやく私の地元のその良さが分かるようになってきたのである。まず、平和で治安が良いことは至極貴重なことで、仕事が遅くなり夜中に帰っても酔っ払いに絡まれないのは奇跡なのだ。

そしてその頃、地元の町もにわかに活気づいてきた。コーヒーショップができたのを皮切りに、ケーキ屋やバー、美容院などが次々と店を出し始めた。地元の情報を紹介するメディアまでできてきた。
でも、限られた人しかこの町の魅力を知って欲しくないという気もするので、なかなか複雑な心境でもある。それはどこか、素朴な恋人が垢抜けてやきもきする心境とどこか似ている。