私のふるさとは、畑や果樹園ばかりのつまらない田舎だ。
私はずっと、自分のふるさとが大嫌いだった。

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ふるさとの嫌なところを挙げたらきりがない。
お店は少ないし、流行も情報もとにかく遅い。
近所付き合いという名の噂交換会で、プライベートなことまで筒抜けになる。
学生の自分には酷くつまらなく、そして息苦しい場所だった。

都会の大学へ進学して、そこで定住する。
バリバリ働くかっこいい都会的な女性になる。
そんな浅い目標を立てて勉強に励む高校生の私が好きになった人は、遠距離に住む人だった。

部活の大会で出会った私たちは、数ヶ月間のメールや電話を経てデートをすることになった。
彼が住んでいたのは同じ県内の都会的な地域だった。彼自身も私の周りにはまずいないようなお洒落で素敵なタイプで、人生初のデートということもあり私は舞い上がっていた。
「そっちに会いに行くよ」
彼にそう言われるまでは。

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こちらに来る?彼が?
山と川と畑と果樹園しかない、ここに?
お洒落な彼はがっかりするんじゃないか。こんなところに住んでいる私にも幻滅するかもしれない。
そうだ、誰かに見られたらどうしよう。
田舎では珍しい見た目の彼のことを悪く言われるかもしれない。変な噂を流されるかもしれない。
不安でいっぱいになりながら、ネットや地元誌を駆使してなんとかプランを立て、その日はやってきた。

駅で落ち合ってまず恋愛系の映画。
駅前のイタリアンのランチ。
そこから歩いて数分の動物園。
また少し歩いて彼が好きそうな市内唯一のビンテージ古着のお店。
そして駅近くの小さなお店でお茶。

案内に慣れない私は何度も道を間違えながらも、なんとかプラン通りにデートをやり遂げることができた。
寂れた無人の駅で電車を待っている間、彼は私に言った。
「予定をたててくれて、案内してくれてありがとう。楽しかった!初めてこのあたりに来たけど、すごくよいところだね。また絶対来るね」

息が止まるかと思った。
田舎にわざわざ来てくれてデートしてくれた上に、気に入ってくれたのだ。
こんなにつまらないふるさとを。
また来てくれると言ったのだ。
こんなに大嫌いなふるさとへ。

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そのまま彼は告白をしてくれ、初デートの相手は嬉しいことに初めての恋人になった。

美術館、博物館、プラネタリウム、桜、カフェ、大きな図書館、古墳、ゲームセンター、カラオケ。
デートのプランは、いろいろ考えた。同時に、いろいろ考えられるほどに楽しめる場所が数多くあったことに気がついた。
たしかにとても田舎だけれど、四季折々で景色がまったく違うし、美味しいレストランやカフェも多い。
当たり前だと思っていた景色が、この日を境に特別なものへと変わっていった。

それからも田舎に住むデメリットは変わらず存在し続けたけれど、田舎者というコンプレックスやふるさとをまとめて彼が肯定してくれた気がして、私はとても気が楽になった。
古い桜の木や瑞々しい野菜や、素朴なお菓子のことを大切に思えるようになったのはこの頃からだ。
蔓延する噂話も、彼といろいろな場所へ行って楽しむうちに気にならなくなっていた。

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大学進学を機に上京して、東京の快適さに心底驚いた。
常に流行の最先端で、情報も速い。家の周りで会う人は誰も私のことを知らないし、噂もされない。人々は他人より、美味しいお店やアイドル、素敵な服や最新のゲームに夢中だった。
忙しなく過ぎていく日々の中で、初デートの彼とは残念ながらお別れしてしまったけれど、それから10年ほど経つ今も、私は東京で暮らしている。

私のふるさとは、畑や果樹園ばかりの田舎だ。
お店は少ないし、流行も情報もとにかく遅い。
東京での生活が快適な私はもしかしたら、もう暮らすことはないかもしれない。
それでも、「今年も桜を見に帰ろうか」と言ってくれる夫の横で思いを馳せるふるさとは、いつでも私に寄り添ってくれる私の原点だ。

あの頃の不貞腐れていた私に、そこは特別な場所だよと教えてあげたい。
ふるさとがつまらなかったのではなく、私がつまらない人間だったのだと、今なら分かるから。