私は十代の頃、ふるさとを出たくてたまらなかった。東京に行くと早くから決めていた。私は子供時代を過ごしたふるさとが大嫌いだった。

なぜならふるさとでの思い出は、辛いものばかりだったからだ。友達が全然できなかったし、いじめられたこともあるし、楽しい青春からはほど遠かった。窓の外にそびえる山々を見て、こんな田舎から出て、新しい私になってまだ会ったこともない人たちと仲良くなるんだ、人生をリセットするんだ、と思っていた。

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私は大学入学を機にふるさとを出た。受験に失敗していたため、ふるさとを出られて嬉しいという感情は特になく、それよりも挫折の海の中、漂っているような気分だった。
それでも楽しい大学生活にしなければ浮かばれないと思い、大学生活の人生を一人で生きた。

大学は東京ではなかったが、私のふるさとのような緑の景色は皆無だった。私は人との関係が希薄で、たくさんの人がすれ違っては消えていく大学生活がとても苦しかった。生き延びるだけで大変だった。
やがて心療内科に通うようになった。電車の中の転職や脱毛や予備校の広告に不安を煽られ、私は孤独なんだと強く思った。

しばらくしてふるさとに帰省するために高速バスに乗った時、私はふるさとに向かっているバスの中でなぜだか涙が出た。
なんだ、お前はふるさとなんか大嫌いじゃなかったのか、と私は思った。私はふるさとのことを大好きだったのかもしれないと気づいた。

就活のストレスのせいか、私は大学卒業直前に入院し、ふるさとの家に帰ることになった。
私はふるさとに帰れて安心したが、挫折感でいっぱいだった。私はいじめてきた人達に勝てなかったと思った。

とはいえ、私はふるさとの実家でたくさん寝て、ご飯を食べて、毎日川沿いを散歩しているうちに人生の疲れが癒やされていった。だからといってふるさとに永住したいとはどうしても思えなかったが。夜9時に寝て、夕方の4時に起きる生活を続けていたが、だんだん睡眠時間も短くなっていき、アルバイトの仕事をする許可を医者からもらえた。

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私は去年から新卒の正社員として働き始めた。心が弱い方なので、仕事はしんどかったが、なんとかそれなりにこなした。

働いている中で一番屈辱的だったのは、地元の新卒の会社員達のオンラインの社員研修で、高校卒業したてほやほやの他会社のちゃらついた社員に「いい年」と言われたことだ。
その時、こんな田舎で働いているから、こんな嫌なやつにこんなことを言われないといけないんだ、なんて自分はかっこ悪いんだと思った。
もしかしたら都会の商社とかで働いてもそういうことを言ってくる人はいるかもしれないが、ヤンキーが永住してエリートは都会に出て行く田舎の構造はあながち間違ってもいない。私はふるさとにうんざりした。

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これから私はふるさとでしばらく働くつもりだ。そしてもっとたくましくなってからふるさとを出ようと思う。
ふるさとのことは、はっきり好きとも言えないし、はっきり嫌いとも言えない。ふるさとに関する私の心情は複雑だ。

ふるさとのことを私は捨てると思う。けれど、せめて都会に出るために元気をためている間は、ふるさとのために地元の会社で精一杯壊れない程度に働こうと思う。
私はふるさとが大嫌いで大好きで大嫌いだ。