1年の中で、冬が一番筆が乗る。
寒いと内省が捗るのだろうな、と思う。そして、暗い気分に陥りがち。
わたしは、ネガティブな題材についての方が筆が乗る。
こんな悲しいことがあった。あんな辛い思いをした。負の感情が伴う体験をもとに、エッセイを書いたり、日記をつけたり、単語をこねくり回して31音の短詩形式にまとめてみたりする。

◎          ◎

人生の中で、明らかに異様な速度で短歌が作れる時期が2度あった。
1度目は、社会人7ヶ月目くらいの頃。新卒で入社した会社の研修期間が終わり、本配属となった頃だ。徐々にわかってきた社風、人間関係、仕事の厳しさに心が追いつかず、毎日苦しかった。

耳から離れない、わたしの隣で先輩を立たせ、断続的に2時間も説教を垂れる上司の声。
何を報告すれば良いのかもわからないまま参加したミーティングで飛び交う、トゲのある言葉。
誰それがメンタルやって休職した。
あの人、昔同期いびって辞めさせたらしい。
作った資料を課長に見せたら目の前で破かれた。
真偽の確かめようもないものから当事者の証言まで、ドロっとした噂話に翻弄され、疲弊する日々。

負の力に満ちた言葉をたっぷりと吸ったわたしの心は、風呂場でたっぷり湿気を吸い込んだタオルが水滴を床に落とすのと同じテンポで、ポコンポコンと短歌を生み落とした。
「もうやめて」とか「できない」とか「疲れた」とか、短歌に登場するのはとても粗くて素朴な言葉だった。拙かったけれど、それらはわたしの腹の底から出た、全くほんとうの言葉だと思えた。だからあの時作った短歌は、今でも気に入っている。

「もうやめて 話を聞いて 怒らないで 取り繕うのもやめてもういや」

◎          ◎

異様に速く短歌を作れた2度目の時期は、2020年の春、パンデミックによる1回目の緊急事態宣言が出された頃だった。
転職して割とすぐ、コロナ禍になり、テレワークが始まり、明らかに心の調子を乱していた。テレワークの最中に私用スマホを触り、玉石混交の情報で溢れかえるTwitterをスクロールする手が止まらなかった。

感染者は何人。ウイルスの実効再生産数はいくら。
この対策は必要。あの対策は不要。
海外では暴動が起きた。生活必需品の買い占めが起きた。
備蓄をしろ。するな。
これはデマ。あれはデマじゃない。
ワクチンはどうなんだ。副反応って何だ。
僕は打つ。私は打たない。
東京都の今日の新規感染者数は何人、何日連続で増加しています。

情報の取捨選択ができず、疲れ切っていた。不安だけが膨らみ、冷静な判断能力は飲み込まれていた。
この頃も、腫れきった患部から膿を流し出すように、ボロンボロンと短歌が作れた。作った短歌には、「ほっとけよ」みたいな投げやりな言い回しや、「無人」とか「窒息」とか、潜在的な不安を表した語彙が多かった。

「無人路を猫ひた走る 街灯は星を殺してただ立っている」

◎          ◎

自分の心、特に心のネガティブな部分に、言葉という形を与えてやることが、癒やしになるのだと思う。
ネガティブな感情には強い引力があって、放っておくと自分の意思や理性までもをその内側に引きずり込んでしまう。だから形を与えて、いったん外に吐き出す。それでなんとか、心の均衡を保つのだ。

どんな種類のどんな表現であっても、「自らの手で扱える」形にしてやることは役に立つ。言葉だけではなく、たとえばお笑い芸人の「自虐ネタ」もそうだと思う。
それは一種の魔法なのだ。手に負えないほど大きな苦痛も、不安も、コンプレックスも、いったん、「手に負える」形まで落とし込んでしまえばいい。あとは、淡々と推敲するも良し、笑い飛ばすも良し。そういう意味では文章もお笑いも、現実に立ち向かうための武器だった。

言葉を吐き出すのには、幸いなことに年齢制限もなければ場所を選ぶこともなく、お金もかからない。なんて生活者に優しい魔法だろう。この先も、たぶんおばあちゃんになるまで、たくさんお世話になるだろう。
この魔法で、人生に立ちはだかる壁をちょっとでも低くしていきたいし、弱っている自分を少しでも慰めてあげたい。死ぬまでに、もっと上手に使えるようになったらいいな。