12月のいつ頃だっただろうか。あの日は残業と自分の通院が重なり、心底こころが疲れていた日だった。
乗り換えの駅を降りたあと、私は真っすぐ家に帰ることができず、なんとなくその駅でフラフラと歩いていた。もう遅い時間だったように思えたが、駅の周辺はたくさんの人で賑わっていて、これが俗に言う「雑踏」というものかと体感した。
その日はひどく寒く、少し外に出ているだけで指先からじわじわと身体が冷えていくのがわかった。

ふと、目に入ったのはタイ焼き屋。いつもは気にも留めなかったはずなのに、今日はそのぬくもりを求めて自然と足を運んでいた。
同じような気持ちなのだろうか、私の前には数人が列を作っていた。私は最後尾にいる男子高校生2人組の後ろに並び、自分の番を待っていた。男子高校生たちが、どのタイ焼きがよいか話し合っている。1人1つを買うか2つを買うかと議論は大きくなっており、盗み聞きもよくないとわかりつつ、つい耳を傾けてしまう。

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そんなとき、肩をポンと叩かれた。
条件反射的に叩かれた肩の方をみたら、そこには知らないおじさんがいた。おじさんは私の顔をしっかりとみて、「ここのタイ焼きうまいんだよ」と言った。手を出しているだけでかじかむほどの寒さの中、おじさんは首にマフラーも巻かず、動くとシャカシャカと音のなるジャージ姿で立っていた。
しっかりと目が合っているはずなのに、自分に声をかけているのかどうか疑った。それはおじさんがあまりに自然で、まるで友人のように私に声をかけてきたからだ。でも、ちゃんと目が合っているから、きっと。そんな気持ちで私も思わず言葉を返す。

「そうなんですね。私、ここ初めてで」
「そうなのかよ、隣の立ち食いそばと迷わなかったか」
「正直迷いました。いい匂いですもん。でも、今日はこちらに惹かれました」
「おお、いいよな。タイ焼き」

なんでもない短い会話をして、おじさんはそのまま私のいくつか後ろの最後尾に並ぶ。はて、一体いまのは、なんだったのだろうか。もしかして、知り合いだったのだろうかと疑うくらい自然で、そしてフランクに会話をした。
不思議に思いながらも、特段危機感を感じていないのは心底こころが疲れてしまっているからだろうか。私は再び前をみて、ぼんやりメニューのラインナップを眺めることにした。

◎          ◎

すると、再び肩を叩かれる。もうここまでくると振り向いた先にいる人が誰なのかわかる。わかったうえで振り向くとやっぱり先ほどのおじさんがいた。

「ここのな、クリームが美味いんだ」
「そうなんですか。それじゃ、それにしようかな」
「なんだ、決めずに並んでたのかよ」
「そうなんです。迷っちゃって」
「それじゃ、クリームにしな。絶対美味いから」
「そうですね、うん。クリームにしようかな」
「まあ、俺はあんこと迷うけどな」
「あはは、それじゃもう今日は贅沢して2つ買われてもいいのでは?」
「それもいいな。いいよな」
「いいですよ、知らんですけど」
「あはは、うんうん。いいな、それ」

何かを納得したようにおじさんはまた列の一番後ろに並び直していった。やっぱりまるで友人のように話してくるおじさんに自分もどうして友人のように話しているのかはわからないが、どこか悪い気はしなかった。たぶんこれもこころが疲れきっていたからかもしれない。

◎          ◎

ほどなくして、私の注文の番がきて、私は迷わずクリームとあんこをそれぞれ1つずつ別に注文した。そしてそのままあんこのタイ焼きの袋を数人後ろに並ぶおじさんに渡しにいった。

「クリームのおいしさを教えてくれたお礼です」
「え、なんだよ。悪いよ」
「私の気が変わらないうちに受け取ってください。ちなみに中身はあんこです」
「いいのかよ」
「いらないですか?」
「いるよ、いる。いやあ、今日は贅沢だな」
「クリーム買うんですね」
「そりゃそうだろ」
「ですよね」

私も買いました、といいながら、反対の手で持っていた袋をおじさんに見せるとおじさんはにこりと笑ってくれた。
そのまま私たちはなんとなしに別れ、そして私はようやく帰路についた。ひどく寒い日、どこかでぬくもりを求めた私たちが一期一会の出会いをした不思議で本当の話。