あれはイチョウが散りきった頃だった。

「私は太陽みたいにはなれないんだ。根がネガティブだから。月みたいな人。いつでも明るくはいられない。姿が見えなくなる新月の時もある」
自嘲気味に言った私に彼は言った。
「太陽は美しいと思わないけど、月は美しいと思う」
その言葉に、感性に、優しさに、私は恋をした。
でも、雪が溶けてなくなる頃には私はこの街を去る。次の年の4月から海外行きが決まっていた。あの時は、数年は帰ってこないつもりだった。

いずれ会えなくなるのに。
諦めようと思えば思うほど、気持ちは募るばかり。悶々としているうちに雪が舞う季節になった。

◎          ◎

仙台は、「光のページェント」という見事なイルミネーションがある。背の高いケヤキが立ち並ぶ「定禅寺通り」で、その並木が一斉に金色に輝く。まばゆい光に包まれた定禅寺通りは、デートスポットの代表格。

彼と口実をつけて一緒に歩けたりしないものかと、実現するはずもない妄想を膨らませては、独りで肩をすくめた。彼に思いを伝える気はなかったのだ。
彼は大学の先輩だけど、接点は有るようで無い。学部も違う。進んでいく方向も違う。お互いの大学生活の、とある季節にたまたま交差しただけの縁でしかなかった。私は普段彼の周りにはどんな人がいるのかも、仲の良い友達がどんな人かも知らない。

叶うはずのない恋だと思った。
私はこの街を去るのだから、思いを伝えたところで彼を困らせるだけだ。そんなのあまりにも自分勝手じゃないか。この気持ちはただ心の内にしまっておこうと思っていた。

ある夜、思いもよらずチャンスが訪れた。
知人の家で忘年会をした帰り道。友人と彼、私の3人でフカフカに積もった雪ではしゃぎながら歩いていた。私はふと思いついた。
「雪道のページェントの写真を撮りたい」
真っ白な地面に並木が放つ黄金の輝きが降り注ぎ、光で満たされた世界はきっと美しいだろう。私たちは真っ直ぐ家に帰らず、定禅寺通りへ向かった。

◎          ◎

想像した通り、雪道のページェントは美しかった。たくさんの人が上を見上げながら楽しそうに歩いたり、しきりに写真を撮ったりしている。
歩道の途中で、通った人が立て続けに滑って転んでいく。そこだけ地面が凍っているらしい。私たちはベルトコンベアのように規則正しく滑っていく人々を失礼ながら笑って眺めていた。

そうしてもれなく私も、まるで漫画の1コマかのように見事にすっ転んだ。
地味にけっこう痛い。
立てないでいる私に、彼は笑いながら何も言わずに手を差し伸べてくれた。その動きがあまりにも自然で、考えるスキもなく私は彼の手を握った。
ほんのり温かい彼の手。
このまま時が止まればいいと思った。
雪が止まないでほしかった。

君の元を去るなんて、想像したくない。

君を想うたびに雪が降る。雪が舞い降りて来れば君のことを思い出す。
君は雪の人だ。

◎          ◎

あれから1年が経った。
春に海外へと飛び立ったけれど、色々あって秋には日本に戻ることになり、また今年も仙台で冬を迎えた。
しんと冷えた白い空から粉雪が舞い降りる。

「寒いね」
隣を歩く彼の袖を引くと、彼は照れ笑いしながら何も言わずに私の手を握ってくれる。
「あったかいね」
君と見る雪は、なんて美しいんだろうね。