文章を書くということは、私にとって自分の心を満たすための一種の洗脳のようなものである。
私は生まれた時から自信家で、こんなにも「陰」という言葉がない人生があるだろうかという程、常に自分という存在が自分の中で最高で一番だった。簡単に言うと「私が世界一可愛い!」と思っていた。本当にそう思っていた。

◎          ◎

そんな私の人生に「陰」が生まれ始めたのは、中学1年生の時に同級生の男子に言われた「ブス」この一言だった。たった一言、2文字ごときの言葉なのに私をどん底に落とすには十分だった。
いや十分すぎたのだ。あの頃の私は親に「可愛い」と甘やかされ、小学校でも何人かの男の子と恋愛ごっこをして本当に心の底から「私は可愛いのだ」と思っていた。

今考えれば、小学生は男の子も足が速い子が人気になるように、女の子も容姿ではない部分で秀でたものがあれば人気になるのだということがわかるし、中学生になると「容姿」が人気になる要素として出てくるのだ。そしてそんな中学時代に私は「ブス」として認定されたのだ。

といっても同級生に「ブス」と言われた当初は、照れ隠ししているのだろう、それくらいにしか思っていなかった。
ある日、街を歩いている時に同い年くらいの知らない男の子にも「ブス」と言って笑われたことがあった。その瞬間に「私はブスなんだ」と確信に変わり、世界が真っ暗になった。
あの瞬間の息苦しさは、今でも思い出せるくらい衝撃的だった。そしてそれからの人生「ブス」が私の人生の呪縛になったのだ。

◎          ◎

誰かから笑われるのが怖くて常に下を向いて歩き、鏡を見れば心臓がどくどくと大きな音を立て一気に不安定な波が押し寄せた。時には恐怖で鏡を割ってしまう時さえあった。
友人や親に何を言われても自分の負の気持ちは変えられず、「あなたは可愛いからいいよね」と言いたくもない本音をこぼしてしまう。そんな毎日でちっとも楽しくなかった。
大好きな家族や友人に当たってしまう自分も、自信のない自分も大嫌いだった。だから変わろうと思った。
といっても、呪縛のように纏わりつくその言葉からは簡単に逃れることはできなかった。

そんな時、テレビで自己肯定感のあげ方についてやっていたのを見た。どうやら“毎日鏡に向かってかわいいと声にだすこと“が大切らしい。
簡単そうだなと思った。だけどできなかった。それはそうだ、そのマインドができているのならば私の毎日はこんなにも苦しくないのだから。

◎          ◎

でも頑張りたくて、口に出せないのならば文字にしてみようと思った。
「かわいい」そう文字に書くだけ。周りから見たら本当にどうしようもないことかもしれないけれど、私はその一言を書くだけで心が軽くなった気がしたのだ。
それから少しずつ文字を書くようになった。文字を書くだけで私の心はふわっと軽くなって、私にとってそれは魔法みたいだった。そしてだんだんと自分の前向きな心を取り戻していけたのだ。
そう。だから文章を書くことは私にとって自分を満たす行為で、ある種の素敵な洗脳なのだ。