「あーあー、早上がりっていいよなぁ」
どうしてもそう、ぼやいてしまう私がいる。
量販店のレジ係は、ただレジを打ってりゃあいいってもんじゃない。
携帯の操作も覚束ないようなおじいちゃんおばあちゃんにまでアプリ会員の加入を勧め、ちゃんと説明書を読んだのかと聞きたくなるような購入済み商品の操作案内をし、理不尽としかいいようが無いクレームに頭を下げる。
その合間合間にお店全体の在庫の入庫処理や伝票の付け合わせ、修理の進捗確認、これやっといてーと投げ込まれる告知POPの印刷など、店舗運営の細々とした事務処理もこなさなければいけない。
やってみると時給と仕事内容がなかなかに見合わない仕事だ。
◎ ◎
そんなレジスタッフというのは、片付けた側から増えていく膨大な仕事量の割に、気楽な仕事に見えるのか、その構成人員の半数を小さいお子さんを抱えた主婦の方が占めている。
主婦の皆さんは本当に愛想がいい。
どんなに横柄で高圧的なお客様にも終始笑顔を絶やさず、親切丁寧に対応する。お子さんで鍛えられているのか嫌な顔ひとつしない。
本当にお手本のようなお客様対応をする。
そうして、お客様を笑顔で送り出して、14時くらいになるとお子さんのお迎えがあるからと定時で上がっていく。
そういう時、彼女たちが申し訳なさそうな笑顔でことづけていくのはこんな言葉だ。
「すみません、何も終わらなくって……」
後ろが決まっている彼女たちが帰ったあと、そこには手をつけられることなく溜まった事務作業が山になっている。
◎ ◎
そう、皆さんとても丁寧に接客をする。
レジなんてスピーディに会計するのがナンボ!と思っている私からすればやり過ぎなくらいに時間をかけた接客は、勿論お客様受けがいい。
お客様へのウケがいいから、会社では盛んに彼女たちを見習った親身な対応をしましょう、と好事例が共有される。
「この調子で頼むよ」なんて店長なんかも言うから皆さんもっと、丁寧な対応をする。
正しい。
接客業にとってそれは圧倒的に正しい循環だ。そうやって会社の良い口コミって広がっていくんだろう。
でもさ、と私は捻くれているから思ってしまう。
「あなたたちが過剰に時間をかけて、その間に溜まってしまった事務仕事たちは誰がやるの?」
「こっちは、レジを打ちながら、+αで事務仕事もしないといけないんだよ?頼むから、接客のハードルを上げるのをやめてくれ……。1秒でも時間が惜しいんだ……」
「いてくれるのは嬉しいけれど、出来れば休憩回しが出来るくらい出勤してほしい。土日だってどっちかくらいは協力して欲しい」
なんてことを。
これは本当に自分勝手で醜い愚痴、というやつだ。
間違っても口には出せないけれど、パートの主婦さんが早上がりする度にそんな言葉が脳裏をかすめてしまう。
◎ ◎
主婦は楽な仕事じゃない。
パートの皆さんの話を聞けば、朝はお子さんに合わせて5時には起きてご飯やお弁当を作り、仕事が終われば今度はやり残してきた家事を片付けてお子さんの送り迎えをする。夕飯を食べさせてお風呂に入れて、寝かしつけたと思ったら旦那さんの食事の用意をして、やっと自分の時間が取れたと思ったらもう夜中であとは疲れて眠るだけだ、と。
14時に早上がりをしたって、そこから待っているのは自分の時間でもなんでもなく、今度は家族のための仕事が待っているのだ。
結婚願望がなく、一人が気楽だからと悠々自適な一人暮らしを送っている私が仕事で割を食ってるからって文句をいうのはお門違いってもんだ。
私が間違っている。
わかる。
でも、でもさ、フルタイム勤務の皆さん。
ちょっとくらい思わない?
「早上がりできていいなあ、仕事が残ってても帰れていいなあ」
って。
私が性格ブスなだけか。
◎ ◎
でもこれって、扶養の壁とか、慢性的な不景気からくる会社の人手不足とか、女性にばかり家事や育児の責任を押し付ける日本社会の歪みから来ているような気がする。
本当は誰も悪くないのに、なんだかいつも仕事に追われてギスギスイライラしてしまう。そういうイライラの恰好の的になるのが、色々な事情でフルタイムでは働けないパートタイマーの皆さんなんだと思う。
未来を担う子どもたちを育てているお母さんって尊い。
本当は、毎日お疲れ様です!定時ですもんね、上がっちゃってください!と、笑顔で伝えてあげたい。
でも、そう思っていてもうまく笑えない、慮ることも出来ない。
そういう私がいる。
そんな私ですが、もし私の小さな気の持ちようが何かを変えることが出来るのなら、もしそんなことが出来るのなら。
具体的に何をすればいいかが今はまだ思い付かないけれど、早上がりするお母さんが申し訳なさそうに笑わない、残された仕事の山にうんざりしない、そういうギスギスの無い職場に、社会に変えていきたい。