私が「職場の暗黙のルール」を変えるなら。まず「お茶出し」の文化を変えてやる。
私は社会人2年目の田舎のOLだ。今の職場は嫌いではないし、一緒に働くメンバーも温かい人が多く、それなりに居心地もよくなってきた。そんな職場で、私がどうしても気になる「暗黙のルール」がある。それが、オフィスを訪れたお客様への「お茶出し」だ。
お茶出し?そんなこと?と思う人も多いと思うが、私にとっては非常に気になる、そしてなにか「差別」を感じる瞬間でもあるのだ。

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入社したばかりで、右も左も全く分からなかった頃、オフィスにいらっしゃったお客様へ女性の先輩がお茶を出していた。私の職場では「お茶を出す係」は決まっていないため、その都度誰かが仕事の手を止めて「お茶出し」をしている。
今まで学生だった私は、「お客様」にお茶を出す機会なんてなかったけれど、これは「新人」である私の仕事だと、率先して「お茶出し」をするようになった。

「お茶出し」自体を否定する気は全くない。いらっしゃったお客様へおもてなしの心を示す、大切なコミュニケーションだと私は考えている。
しかし、コップについだお茶を何個もお盆に乗せ、こぼれないように移動をしたり、忙しい中仕事の手を止めてお茶の準備をしたりと、小さなストレスを孕んでいた。

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お茶出しに慣れていない頃、お客様にお茶を配る順番を指導されたこともある。私も学生時代に秘書検定を受けたりしていたので、机上での前提知識は持っていたが、いざ実践となると難しいところもあった。
そんな小さなストレスを認識するようになった頃、ふと考えてしまった。
「男性って、お茶出しをしたことはあるのかな」

前述した通り、私の職場には「お茶を出す係」はいない。社員全員がある程度の専門知識を要する仕事を受け持ち、熱心に業務を行っている。つまり「お茶出し」は、誰かの「配慮」によって行われているのだ。

そしてその「配慮」を男性社員がしているところを私は見たことがない。私がどうしても仕事で手が離せない時、同じ職位の男性社員がいるにも関わらず、お茶出しをするのは必ず女性の先輩だ。

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さらに気になることは、「男性社員はお茶出しをしない」という事実を誰も指摘しないことだ。「お茶出し=女性がするもの」というアンコンシャス・バイアスが根付いている証拠だと、私は考えている。

たかがお茶出しくらいで何を言っているのかと、そういう意見ももちろんあるだろう。しかし私は問いたい。

あなたは仕事の手を止めてお茶の準備をしたことはありますか?
お茶の在庫を気にしたことはありますか?
コップがたくさん載ったお盆を運んだことはありますか?
お客様にお茶を配る順番を気にしたことはありますか?
そしてそれらを指導されたことはありますか?

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私は考えてしまいます、「もし自分が男だったら、こんなことをストレスに感じることはないのだろう」と。
私の勤める会社は、女性活躍推進を謳っており、世間からはそれなりの評価もいただいている。しかし、そんな「女性に優しい企業」でもまだまだ課題は尽きない。もはや日本人の国民性なのだろうか、私たちはどうしても「男性の役割、女性の役割」を無意識のうちに刷り込まれてしまっているように感じる。

今やSDGsでも男女平等を目指し、ジェンダーギャップ指数も公開されている中で、私たちの意識が未だ「性差別」から抜け出せていないことを改めて見せつけられる。女性がいきいきと活躍するために、世界全体が良い方へ向かっていくために、少しずつでも声を上げていきたいと私は思う。