あるスーパー銭湯が、全店閉店していたことを知った。
街の中心部にもある大きい施設だったし、行ったのは1度しかないものの、賑わっていた記憶があるので、その記事を見たとき自分の目を疑った。
あのスーパー銭湯を利用したのはものの数時間だが、4、5年経った今も強烈な思い出として残っている。
それは、行くきっかけが自宅の給湯器の故障だったから。

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ある日突然、給湯器が動かなくなった。
そのとき私は大学生で、一人暮らしをしていた。最初は元栓を閉めたままなのかと思ったが(一度その経験がある)、ちゃんと開いていた。もちろん、スイッチはついている。
血の気が引いた。昨日まで問題なく動いていたのに、急にこんなことになる? 予兆というものがないのかね君は。

不平不満を言ってどうにかなるものではないので、管理人さんに連絡し、経年劣化ということで取り替えていただけることになった。しかし、新しい給湯器が到着するまで3日ほどかかるらしい。
季節は雪の降り積もる冬。暖房は電気なので問題ないが、お湯が全く使えないというのは心許ない。そしてその最たるものはお風呂である。
こうして急遽、お風呂を求め寒空の下を繰り出す2日間が始まり、2日目に訪れたのが冒頭のスーパー銭湯だったのである。

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外のお風呂に1人で行くということを今までしたことがなく、しかも1日目は大家さんが別の銭湯へ送迎してくださったので、場所の選定から帰ってくるまですべて自分でやったのは2日目が初だった。
1日目と同じにしなかったのは、車がないとあまり近くなかったから。最短距離が必ずしも近いとは限らないのである。

普段だったら夕方に大学から帰宅し、それから家を出ることなんてまずない。なので、夕食のあとに駅へ向かうこと自体が不思議な気分だった。
どことなく静かで、雪のしんしんと降る音が大きく聞こえるような気がしてくる。未だに心のなかで溜息をつきつつ、それでいてプチ旅行に行くようなワクワク感も抱いていた。

帰宅ラッシュも済んだホームには私の他に1、2人くらいしかおらず、夜ということもあってひんやりとした静かな空気が流れていた。このなかで銭湯に行く人は私くらいなんだろうな(そりゃ、総勢3人程度だし)と思いつつ、冷え切った身体を強張らせていた。
これ、せっかく温まっても帰りに同じことになるのでは、と思ったのは秘密である。

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最寄り駅に着いてからも少し歩かなければならない。初めての目的地で、しかも夜。寒さによる心細さもあり、無事にたどり着くか不安なまま足をひたすら前に進めた。周囲から浮いている和風の屋根がライトに照らされているのを見つけたときは、ほっと胸をなでおろす気持ちだった。

やっと体を温めることができたのだが、残念ながら湯船についての記憶は全く残っていない。覚えているのは、普段もったいなくて張れない湯船をこれでもかと堪能して湯当たりした体を、休憩スペースで休ませているところからだ。

軽い吐き気を水でなだめつつ、大画面テレビから流れてくるバラエティかなにかをぼんやりと見ている。番組自体に興味があったかわからないが、確か当時は家にテレビが無かったので、とりあえず見ておこうという気になっていた。

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広い湯船にテレビ、そしてフロア全体が快適な温度。まわりの人もほかほかの体を椅子に預けたり、親子で晩ごはんを食べていたり、小さなクレーンゲーム機の前ではしゃいでいたり……ひたすら和やかで平和な空気が広がっていた。

そんな幸福な空間から出たくなかったし、出たらやっぱり急速冷凍のように体は冷えていった。しかし、心は来たときよりもほかほかになっていたと思う。