寒い日にコートを出先で手に入れる。
そんなことが二度あった。

一つは、大寒波が押し寄せたクリスマスイブの日に。
薄っぺらのコートで登場した私は、通称・パパ(経済的に余裕のある男性)に3万円ほどする、デリケートなウール素材のコートを買ってもらい、それを着て帰ったことがある。

もう一つは、18歳で大学に進学するために上京して寒かった「あの日」の思い出がある。

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実家があまり裕福ではなかったものの、大学進学で上京させてもらった私。
家賃・光熱費・朝晩の食事込みで5万円という、破格の学生寮に住んでいた。

大学に入ってすぐの間は学校生活に慣れるのに必死で、生活必需品に使うお金は、高校生までに貯めたお年玉と、少しばかりの仕送りでまかなっていた。
正確に言うと、かなりギリギリだった。
上京直後の家計簿を見返すと(残しているのもすごいが)、5個入りで98円のレーズンロールを2日間に分けて食べることで、昼食代から切り詰めていたほど。

新入生歓迎会があらゆるサークルで開催される、入学から1週間経ったある日。
春めいていた東京でも、雪が降るくらいの寒さに見舞われた日があった。
幼い頃から実家が裕福ではなかったこともあり、衣類にはなるべく興味を持たないようにしていた私。
その結果、大学生になったら何を着たらいいのか分からないくらい、服に関して無知だった。
春先に着る薄手のニットで新入生歓迎会に向かうと、4年生の女の先輩が「寒くない?」と心配しながら私の肩にかけてくれたのがスプリングコートだった。

頑丈そうなポリエステル素材のベージュのスプリングコート。
腰元にベルトが付いていたのもうっすら覚えている。
先輩の温かみに触れ、「オシャレな人はこんなコートを持っているのか!寒暖差のある春には便利!」ということを知り、感動した私。

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先輩からそのコートを肩にかけてもらった時は温かさと優しさでホクホクしていたが、新入生歓迎会が終わる頃、そのコートは当たり前のことだが先輩の手元に戻った。

「オシャレな人が持っているコート=スプリングコート」を持っていなかった私は、みすぼらしく感じる薄着で電車を乗り継ぎ、学生寮まで戻らなければいけなかった。
自分のみすぼらしさと無知を恥じた私は、乗り継ぐ駅にあった、ファストファッションで有名な某ファッションセンターへと足早に向かった。
みぞれが雨に変わり、薄手のニットは雨を吸って寒さが増していた。

先ほど先輩に肩からかけてもらったベージュのスプリングコートにそっくりなものが、セールで3,000円くらいで売られていたのだが、食費すらも切り詰めていた私は買うかどうか迷った。
コートを試着してみたり、店内を一周してみたり。
「このコートに3,000円も払っていいのか、はたまた雨を吸った薄手のニットのまま学生寮に帰るか」
貧乏性からなかなか決心がつかない。

店内で迷うこと1時間。
薄手のニットに染みた雨も乾いてきた頃、ようやく決心した私は3,000円ほどのコートを購入。それを着て無事に学生寮まで帰り着いたのだった。

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あの時、買うか買わまいかでウンウンとうなって買ったコート。
あれだけ思い入れがあったはずなのに、気付いたら捨ててしまっていたようで、手元にあのコートはすでにない。

3万円のコートを着ている今、あの時コートに捻出した3,000円はどれほど身を切る思いだったのだろうと想いを馳せる。

初心忘るべからず。

あの時の私は、懐の寒さと引き換えに、生涯忘れることのない温かさを手に入れた。
大人になればなるほど忘れてしまう、お金の価値や物事のありがたみを、寒かった「あの日」の私がふとした時に思い出させる。