マスクという鎧を外すとき、素直に本音を言える人になっていたい

コロナ禍になり、早3年。
いつ自分が感染するのか、不安でいっぱいの日々。
そろそろ、元の生活に戻りたい。
マスクを着けていると息苦しくて、夏は特に地獄。
こんな生活、良いことなんてありゃしない。
そう思う一方で、マスク生活にちょっぴり感謝している自分がいる。
マスクを着けていれば、口元がまったく見えない。
ただでさえ小さい私の声は、さらに小さくなる。
これを利用して、私は毎日、ストレスを発散するようになった。
特に、電車に乗っているとき。
私はよく足を踏まれる。
座っていても、立っていても。
足が小さくて薄いからか分からないけれど、これでもかというくらいの頻度で踏まれる。
踏んだのに気づいてどかしてくれる人もいれば、気づかずに踏みっぱなしの人もいる。
素顔のときは、踏まれやすい位置に足があって申し訳ないという思いで謝っていた。
思い切り脚を伸ばしていたわけではない。
むしろ、しっかり自分の体の方に寄せている。
立っているときも、邪魔にならないように気をつけている。
私には、何も非がない。
だから、謝る必要なんてないのに。
悔しいような何とも言えない感情を、私は募らせていた。
でも、マスク生活が始まってから変わった。
踏まれるたびに「早くどかせよ」「謝れよ」などと、相手に言っている。
もちろん、小さな声で呟くように。
こんな風にしてしまう自分が情けない。
人として良くないのは分かっている。
天国の祖母が知ったら、きっと悲しむに違いない。
思ったことをズバズバと言える人。
私は、ちょっぴり憧れている。
自信がなくて、声が小さくなるほど気弱。
どんなときでも、周りに気を遣ってしまう。
私のそんな性格が、人前で本音を言うのを邪魔する。
「すみません」「大丈夫です」
昔からの口癖。
よく言ってしまうけれど、その度にいつもこう思う。
「本当は謝る必要なんてないのに」
「全然、大丈夫じゃないのに」
すべては、保身のためだった。
たまたま機嫌の悪い人に逆恨みされたり、相手との関係がギスギスしたりすることを避けられる。
周りに迷惑をかけなくて済む。
私が我慢すればいいだけ。
一方で、ストレスはどんどん溜まっていく。
「ずっとこのままは嫌だな」と思いつつ、本当の自分を隠して生きてきた。
その反動なのか、私は今、マスク越しに暴言を吐いている。
最初は、相手に聞こえていないし、スリルがあって快感だった。
でも、いつの間にか、罪悪感を覚えるようになった。
「もうやめよう」と思い始めたものの、なかなかできない。
ストレスでイライラが止まらない。
リフレッシュしても、また元に戻ってしまう。
だから、こんな方法でしか発散できない。
仕事なんてさっさと辞めて、しばらく休もうか。
嫌われてもいいから、思い切って本音を言ってしまおうか。
現状から抜け出すのに、何が正解なのか。
私にはまだ、その答えが分からない。
マスクという鎧を外して、元の生活に戻るとき。
私は、素直に本音を言える人間になりたい。
仕事やプライベートで、相手と素の自分で接したい。
今は、勇気が足りないし、周りに気を遣いすぎている。
すぐに変わることは、簡単ではない。
人間関係には2:6:2の法則があると割り切ることができれば、一歩を踏み出せるかもしれない。
気を遣うことに対して少し力を抜けば、変われるかもしれない。
そこに辿り着くまで、私にはまだ時間が必要。
少しずつ、自分を変えられたらと思う。
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