私はコロナ禍になるずっと前からマスクを愛用している。不思議に思う人も多いかもしれないが、これにはある種、命に関わる重大な理由がある。

その理由はただひとつ。私は鼻血がとても……いや、異常に出やすい体質だから、だ。
昔から驚くほど頻繁に鼻血を出している。夏を除いたほぼオールシーズンの、特に乾燥しやすい季節には大体1週間に1〜2回のペースだった。しかも、その1回1回の血の量まで凄まじいこと極まりない。一度鼻血が出てしまえば超大量出血な上に、軽く見ても1時間は止まらないのだ。
しかも困った事に、唐突に出始める。このせいで学生の頃なんかは保健室まで鼻血の水滴を落としながら向かった事すらあるほどだ。

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小学生頃のとある日。朝ご飯を食べている時に突然鼻血が出て、勢いも量も止まる事すら知らない状態になった事が一度あった。いつもであれば止まるはずの1時間が経っても尚、量が減らず、逆に増えて出続け、これはまずいとまずかかりつけ医に向かった。耳鼻科がまだ受付時間ではなかったのだ。道中、母曰く、鼓動の音と共に鼻血が噴き出していた、らしい。
かかりつけ医でつけた止血剤で一時的に止まり、受付開始になった耳鼻科へと急行。その時の母と私の見た目は、服や手が全面血塗れで、来る病院を間違えているのではと疑われる相当バイオレンスな見た目になっており、驚く人も沢山だった事だろう。名前を呼ばれるまでの時間が何気に苦痛だったのをうっすらとだが覚えている。

その後、診てくれた耳鼻科の先生曰く「本来剥き出しにならないはずの動脈が剥き出しになっている」「(鼻の中をいじる癖で)爪がナイフのようになっていて、ナイフを鼻の中で回しているのと同じ事だ」と言われたとの事だったが、本人・私は鼻血を出した後。大量出血で意識が朦朧としていたので完全に聞き逃しており、後から聞いて判明した事だ。
たしかに、昔から感覚過敏やそれに影響した細かなストレス解消のためから爪を噛んだり、鼻をいじったりする癖があった。これはある種の自業自得だ。
ちなみにこの時の診察で鼻の中をレーザーで灼かれた。「動脈が剥き出しに……」の件から、後々も含めてその鼻を2回、反対の鼻も1回と、合計3回も灼かれており、なかなか経験する事がない、と自慢したくもない自慢話となってしまっている。

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大量出血の鼻血は自分でも恐怖だし、他の人が見れば恐怖を通り越して救急車を呼びたくなってしまう。今は3回も灼いたおかげか、鼻血の出る回数も出血量も落ち着いて来てはいるものの、それでもちらほら出ては過去の経験から恐怖になっている。

特に冬の乾燥なんかは大敵だ。鼻の乾燥から血が出る感覚を体が覚えており、いつしか私はマスクが手放せなくなってしまった。水分補給やご飯を食べる時以外、外すのがすっかり怖くなっている。なので、素顔の私を知る人は案外少ないのではないだろうか。

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そんな命にさえ関わる事情があり、延々マスク姿だった私は、コロナ禍になったここ数年、マスクの世界になった事を実は結構ありがたく感じている。
普通の人達がマスクをしなくても良いような季節にすらマスクが手離せない私は、普通の人達から見たらかなり不自然だ。けれど、コロナ禍のおかげでオールシーズンマスクを付けられるので、不自然感があまりない。
「みんな一緒」はあまり好きではない性分なのだが、その言葉がここまでありがたく感じてしまう日が来ようとは過去の私は思わなかっただろう。

もうすぐマスクを外しても良いようになってしまう。それが、私はとても名残惜しい。
鼻血のためにマスクをしていると、風邪になる回数もかなり減っていたし、マスクを外していい世界になったらマスクをしている人が「時代遅れ」だとか「古代人」だとか言われてしまうかもしれない。なんとなくそうなるのだろうと肌で感じて嫌な感覚に襲われてしまう。

私には私の事情があるから、マスクを手放せない人の事は絶対に何も言わないだろう。けれど絶対に何か言う人はいる。
誰かどんな事情でマスクをつけていても何も思われないと良いのにな、と、いつ来るかわからない鼻血に怯えながらマスクをつける日々を今日も私は過ごしている。