背中にかいたじっとりとした汗。喉をぐっと押されたような感触に目を覚ます。
よかった、私は安全な場所にいる。

毒親、という言葉が流行ったのはつい最近だ。ご多分に漏れず私はこの言葉に救われた一人である。

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中学生のとき、「今日はお母さんの誕生日だから誕生日パーティー!」という友達の言葉に衝撃を受けた。思春期を迎えてもなお、子供は親の誕生日を盛大に祝うのか。そもそも親子がこんなに仲がいいって普通なのか。
私の母は言ってしまえば、わがままな少女が体だけ大人になったような人だった。ころころ変わる機嫌に、暴言は当たり前で娘に対してもブスやバカなどの言葉を使った。まあ、俗に言うメンヘラだろう。本人のプライドで病院には行っていないが、祖母曰くなんらかの精神疾患はあると思うとのこと。

その暴言もストレートではなく、「〇〇ちゃんと違ってあんたの顔は……」などと遠回しだった。ねちっこい、そういうところもいじわるな少女のような人だ。大人気ない。

ここまで散々こき下ろしているが、この言葉を本人には伝えたことはない。私は同じ土俵に立ちたくないからだ。
それに親権はいまだに向こうのもの、18歳成人だからといって今ことを荒立ててもいいことはない。社会人になれば、住所に閲覧制限をかけ、静かに連絡先をブロックするのみだ。
私の家族というか、血のつながった人たちは皆、癖が強い。長くなるので省くが、カウンセラーさんに頼れる大人が家族にいないと言われた、とは書いておく。

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この際正直に言ってしまおう。19年生きてきて何度も死にたいと思った。冒頭のシーンだってフラッシュバックのせいでああなった。
だが、死ねない。人間というのは存外しぶといらしい。いいのか悪いのか、とりあえず生きている。

最近では一人暮らしを始めて、心身の健康を取り戻した。だが、ここにきて自分は母譲りのメンヘラじゃないの?説が浮上している。
何にせよ恋愛がうまくいかない。まず見る目がないらしい。らしいというのは友達に言われたからで、私はいい人を選んでいるつもりだ。二番目にされたり、相手に少しでも好かれるとぞっとしたりする。後者は蛙化現象と言うらしい。
理由は自己肯定感の低さなんだとか。おかげで成人式へのカウントダウンが迫っても彼氏らしきものの影すらない。
最近は開き直ってマッチングアプリでひたすらいいねをしてみたりする。全く選んでいないせいで知り合いを間違えていいねしたのは別の話。なんだかなあ、愛し愛されるって難しい。

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家族にしろ恋人にしろ、関係をうまく構築できている人は私にとって異次元の人間だ。
私は恋愛をしたいのではなく、愛し愛されたという形がほしいのだろう。なんでもいいから誰かに求められたくて一時期援交に手を出しかけたこともある。そこにある性欲に怖くなって逃げたけど。そろそろ幸せになりたいんだけど?神様どうよ?なんて思う今日この頃。

母の日記を見て、ろくでもない恋愛をしていたこと、私はデキ婚で生まれたことを知った。父はお金にだらしなく子供の責任を取りたくなくて逃げた。典型的なメンヘラクズ夫婦である。元だけど。
それだけではない。母も祖父に身体的虐待を受け、家以外に居場所を求めていた。愛されたいという欲求は、焦りとろくでもない恋愛をもたらした。蛙の子は蛙ってこういうことなのか。
私はデキ婚だけはしない。子供は生まれてくる場所を選べないから。でも愛し愛される、カップルくらいならと望んでしまう。

母よ、なぜか私もあなたに似ているらしい。今日もどうでもいいと思いながらマッチングアプリの画面を見つめている。