飲み会の帰りに私の家に泊まりにきた彼は「ノリで買っちゃうくらいには酔ってる」と笑いながら、テーブルの上に開けたばかりの電子タバコを置いた。
今まで先輩にそそのかされても「俺吸わないっすよ(笑)」と軽く返しているのを見ていたので、タバコを吸う気はないんだと思っていた。正直酔ったノリで安くもない本体まで買うなんて、ドン引きだった。
「……吸ったの?」
「いやまぁ、むせてたけどね(笑)」
「(これからも)吸うの……?」
「わからん(笑)」
「吸わないなら捨てないの……?」
「5千円もしたのに!」
うーん、話にならない。お風呂上がりの私の髪を乾かしてくれたのをいいことに、その日はそのまま寝てしまった。
次の日、私は休みで、「タバコは私の家に置いておいて」とも言いそびれ、彼は一度家に帰ってから仕事に向かった。
◎ ◎
タバコは本当に苦手だ。大声で言いたくないが、タバコを吸う人もその面では苦手だ。タバコ休憩で待たされるのも嫌だし、私が嫌なことを分かっていても「ごめん吸っていい?」と聞いてくる人も、なんならなんの断りもなく吸い始める人も、とにかく、苦手だ。
タバコを吸う人は「申し訳ないと思ってるけど吸いたくなる」らしい。彼とせっかく一緒に出かけても「タバコ吸いたいなー」と心で思われるようになってしまったら……そんなの嫌だ!!!!
悪い妄想も始まり、「絶対に話し合おう。なんとかして辞めてもらおう」と思った。
……でも話し合いって、どうやったらいいんだろう?
私たちはお互いに相手の趣味や人間関係やファッションについて口出しするタイプじゃない。タバコも本来なら本人の自由だと思う。会社に喫煙者が多く、つきあい程度に吸ってもいいかなと彼が思ったのもなんとなく想像がつく。わたしが嫌と言っていいのか。それを分かってもらえるのか。
わたしの前では吸わないでと頼むことも考えたが、口がタバコ臭いのは気づくし、だんだん依存していろんなところで吸うようになるだろうなと思うと……譲歩の余地なしの結論に至ってしまった。
◎ ◎
もし彼に「会社の人とのコミュニケーションのために始めたい」とか「依存?何そんなの気にしてるの?(笑)」と言われてしまったら……別れ話になってしまう。彼のことは大好きだけど、タバコを吸う人とはわたしは一緒になれないと思った。
勇気を出して、仕事終わったら連絡欲しいと彼にライン。定時を少し過ぎた頃に電話がかかってきた。
別れ話になってもしょうがないという気持ちで、タバコを吸う人とは一緒にいれないこと、買ったタバコは処分して欲しいということを伝えた。
仕事後に突然、涙声の彼女にタバコを処分してくれと言われた彼は、ものすごく驚いたみたいで、でもすぐに「そんなに嫌なら捨てるよ、ごめんね」と言ってくれた。
もっとごねられると私は思っていたのだけれど……私の様子が尋常じゃなかったらしく、すぐに捨てるという判断にしてくれたようだった。
人が自分のお金で買ったものを処分しろだなんて言う日が来ると思わなかったし、抵抗があった。わたしが嫌と言っただけで彼が行動してくれるということも、付き合うことに慣れてない私は少し変な感じがした。タバコは絶対に嫌だという気持ちとは裏腹に、悪気のない彼の行動を少なからず否定し、強制したことに自分でショックを感じてしまっている自分がいた。
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ありがとうと、驚かせてごめんを伝えたくて会いに行ったら、彼は「ごめんって言わないでよ。大したことじゃないじゃん、もう捨てたよ。すぐに嫌って言ってくれてよかったんだよ」と言ってくれた。一方で、わたしに泣きながら不安な気持ちを全面に出されたことで困ったようで、「俺のダメージも正直大きい」と言われた。
それは、そうだね……ごめん。それくらいタバコはわたしにとって不安要素の大きいものだった。
タバコよりも伝え方に関してで話し合いになってしまったのだけど、これからは相手に伝えることを不安に思わなくてもいいのだと、気づけるきっかけになってよかったと思う。
別れを匂わすなんて本当にしたくなかったけど、好きだからこそ伝えてよかった。
向き合ってくれた彼に感謝して、もう一段上の、幸せな彼女になります。