その日は突然やってきた。
雷に打たれるような衝撃もなく、映画のようなドラマチックな展開もなく。

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とあるサービスエリアのトイレで、鏡に映る自分を見て驚いた。驚いたというよりも絶句したが正解だろうか。
"酷い顔だ"
吐きすぎて腫れ上がった両顎。冷えのせいで血の気のない顔。乾燥しすぎて粉の吹いた肌。栄養が行き渡らずパサパサの髪。生気を失った眼。"ヨレヨレ"という言葉がこれほどに似合う状態はあるだろうか。

コロナのせいで写真を撮る機会もぐんと減り、写真を撮ったとしても、マスクのせいでそれほど悪くもなく、それほど良くもない仕上がりになる。更に化粧の頻度が減ったせいで、自分の顔をまじまじと見ることなんてなかったけれど、ふと鏡に映った自分が、自分のイメージする自分よりも酷い有様で驚いた。

「あぁ、やっぱり栄養を摂らなきゃダメなんだなあ」
真っ先にそんなことが思い浮かんだ。

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摂食障害と戦う私は食欲がコントロール出来ない。どれだけ心を強く持とうとしても、どんな病院へ行ってもどうしても大量に食べては戻すということを繰り返していた。自分の人生唯一の悩みかつ最大の悩みで、ここ4年ほどは3ヶ月の間に1日吐かずに過ごせるかどうかのレベルだった。

そのせいで食べ物=敵という認識がどうしても自分の中にあり、食べようと思う反面、胃にものを入れると急激に罪悪感に襲われた。それと同時に猛烈に食べたい衝動に襲われ沢山食べては吐く。という行為を繰り返していた。

その結果だろう。栄養が足りない私の体は、可愛い可愛くない以前の問題で、とても醜い見た目をしていた。それまではあまり何も思わなかったけれど、鏡に映る自分を見て、
「こんな見た目じゃダメだ」
そう強く思った。 

解決策は一つだ。"食べて栄養を摂ること"

今までは"食べてはダメだ"と思っていた頭が”食べなきゃダメだ”と思うようになった。何はともあれ栄養を胃から摂取しなければ。

そう思い始めると、今までの悩みはなんだったのかというほど、食べることに対する怖さがなくなり、1日1度は食事が取れるようになった。
長年の積み重ねは大きく、1日2度の食事は消化が追いつかないけれど、1日1度は食事を取り、そして栄養を身体に入れることが出来るようになった。

きっちり栄養価を測るなんてことも、オーガニック食材を使っておしゃれな料理を作るなんてことも出来ないけれど、とりあえず野菜を食べて、とりあえず発酵食品を取り入れて、とりあえず栄養がありそうな何かを選ぶ。そして選んだ食材たちを適当に切って、これまた適当に煮たり焼いたりしてお昼ご飯の完成。
野菜を切っている瞬間、味噌汁のいい匂いがした瞬間、この子達が自分の栄養になるんだと思うとなんだか嬉しい。

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食べることを意識してからすぐに変化が現れた。体の調子が驚くほどいい。
体力がなく、平気で半日寝たきりで過ごす私が、1日歩き回れるようになった。クリームを塗っても塗っても可哀想なほどに乾燥していた肌も、ある程度まで戻り、トリートメントをしても美しくならない髪は、分かりやすく健康的な髪に戻った。

鏡を見ても、あの時見たような死にかけの人間ではなく、ちゃんと生きている人間が映っている。こんなに短期間で解決するなら、今まで悩んだことはなんだったのかと思うけれど、それほど食べるということは大切なのだと痛感した。

食事をすることは、エステに行くことや高い化粧品を買うことと比較にならないほど、お金も時間もかからない。けれど、それに匹敵するほど体に良い作用をもたらしてくれると気付いた。
正直なところ、まだ食べ物を見て美味しそうと思える状態には至っていないけれど、キッチンに立って料理をしている瞬間、これは自分の体を美しくする時間なのだと思うとウキウキする。