私は精神的に未熟だった。
例えば物の伝え方。
結婚し今まで実家に住んでいた者同士、一つ屋根の下で暮らすようになってから、私と主人は喧嘩をしてばかりだった。

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私の実家ではお風呂の水は毎日替えるけど、彼の実家では2~3日追い炊きをして使い続ける。
外に出る時は靴を履いてほしいけど、彼は数歩ならベランダでも外でも裸足で出て行ってしまうし、汚い足でそのまま家の中を歩き回る。
「付き合っている時にちゃんと調べなかったお前が悪い」と言われればその通りだが、一緒に暮らして初めてわかること、初めてさらけ出すこともある。
最初はたまたまかも、好きだから我慢しようと思っていたけど、毎日毎日彼を見ていると次第に「汚い」という気持ちが止まらなくなった。
そして爆発。
あれも汚い、これも汚いと彼を攻め立てた。
彼は彼で今まで当たり前にやっていたことを否定されショックを受けていたが、何度爆発しても泣いて訴えても風呂を掃除する頻度は増えず、裸足で外へ出続けた。

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限界だった。
数年前に仕事と家庭環境のダブルパンチで鬱病になり、精神科に通っていた。
また私は家族に恵まれなかった。
そう感じ、何度目かの鬱状態に入りかけていたその時。
お世話になっていた精神科の先生にこういわれた。
「男は手のひらで転がすものよ」
ピンとこなかった。
今までさんざん伝えてきたのに変わらない人間をどう転がすのか。
でもこれで変わるなら?
私は賭けてみることにした。

まず「伝え方の本」を読んだ。我慢し続けて爆発するのではなく、小出しにすること。
言い方次第で相手への浸透具合が変わること。
当たり前だけど私にはできていないことばかりだった。
次にそれらをロルバーンにまとめ、何度も何度も繰り返し読んだ。
人間は忘れてしまう、そして間違いを繰り返す。
特にイライラすることが無くても読み返していくうちに、カッとなっても「あの対処法を使おう」と思い出せるようになった。

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そして最後は一番苦手だったこと。「自分を出す練習」を徹底的にした。
とても恥ずかしかったし、人には絶対に見られたくなかったが、毎晩ぬいぐるみにその日の良かったこと、嫌だったことをぶちまける。
人相手だと反応が気になってしまうけど、ぬいぐるみは受け止めてくれるだけだし、適度に相手感がある。とにかく、とにかく小さいころからのお友達であるパンダのクーちゃんに気持ちをぶつけた。

するとどうだろう。
自分の気持ちを伝える時に止まらなかった涙が出なくなった。彼も私の話を聞き入れ、行動に気を使ってくれるようになった。せっかく家族になれた彼との関係が、付き合っている時のように改善したのである。

あの時本の内容をまとめたロルバーンを、今でも読み返す。
苦手だったことへの参考書ができたので精神的な負担が減ったと感じるし、コミュニケーションに限らず色んな情報を詰め込んだネタ帳にしたため見返すのが楽しい。
服はどれくらいのペースで捨てるか、あのポイントはこのサイトで使用できるか、友達にあげるプレゼントのアイディア……きっとあの時本を読みっぱなしにしていたら今でもブチ切れて疲弊するだけだっただろう。
昨年末子供が生まれ、新しい家族が増えた今、これからもたくさんの問題にぶつかると思う。でもそうなったとしても、このロルバーンを片手に良い家族を作っていきたい。