毎年、就活の時期になると思い出す出会いがある。
当時、周りの友人たちが内定をもらっている中、私は内定ゼロで苦戦していた。
周りには明るく振る舞っていた。でも、本当は心身が疲れきってしまっていた。
毎日のように入っている、説明会や面接の予定。「いつまでこんなことが続くんだろう」とストレスになり、あまり眠れない日が多くなっていた。

◎          ◎

ある日、私は友人と一緒に、とある企業の説明会に参加することになっていた。
説明会の前にランチをする予定だったので、早めに家を出て電車に乗った。
席に座ってボーッとしながら「就活、もう嫌だな」と考えていた。

働くことに関心がなく、みんなみたいに「何をしたいか」が自分の中でなかった私。
面接でいいところまでいった企業はあった。
チョコレートが好きなのもあり、商品のことは詳しかった。
でも、消費者として好きなだけ。

「お客様の笑顔が見たくて」なんて発想は、私の頭には全くなかった。
入社すれば商品のことをもっと見たり試食したりできるのではなどと、若干不純な動機で受けた。

当然、内定をもらえるわけがない。
だんだんと「内定をもらえればどこでもいいや」と、やる気をなくしていった。
そんな状態で、これから特に働きたいとは思わない企業の説明会に参加する意味があるのか。
ランチだけにして帰ってしまおうかという考えが浮かんだ。

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あと15分ほどで、友人との待ち合わせの駅に到着するというときだった。
一人のおじいさんが電車に乗ってきた。
赤いアロハシャツ。
黒いサングラスに、白くて長いあごひげ。
左手には、少し大きめの白い紙袋を提げていた。
「何だか、サンタさんみたい」
それが、私から見たおじいさんの印象だった。
目立っていたので、周りの人もチラチラ見ていた。
私の近くに来たので、席を譲ろうとしたときだった。

そのおじいさんが「就活生かい?」と話しかけてきた。
「はい、そうです」
あちらから話しかけられると思っていなかったので、少しびっくりしながら答えた。
私は慌てて立ち上がり「よかったら座ってください」と言った。

おじいさんは「もうすぐ降りるから大丈夫だよ」と、私にそのまま座っているよう促した。
少しの間、私はそのおじいさんと雑談していた。
「変な人だったらどうしよう」と不安になりながら、世間話や就活のことを話した。
ある駅に着くアナウンスが流れると、おじいさんが「そうだ!」と何か思いついたように言った。

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それから、紙袋の中から、ブックカバーのかかった一冊の本を取り出した。
「これ、よかったら読んで」
私は、またびっくりしてしまった。
「え、いただいていいんですか?」
「これ読んで、就活頑張って!」
私にその本を手渡すと、おじいさんは電車を降りていった。

「何だろう、聖書かな?」
おそるおそる本を開いてみた。
本のタイトルを見た瞬間、私は驚きと嬉しさを隠せなかった。
それは、ちょうど私が欲しいと思っていた本だった。
私が尊敬する人が書いた本。
本当はもっと早く買って読みたかった。

でも、就活が忙しくて、なかなか買う余裕がなかった。
「ちょっと早いけど、サンタさんからのプレゼントかな」
せっかくなので、少しだけ読むことにした。

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車が出発してから次の駅に着くまで、私はその本を読んでいた。
まさに、今の自分にぴったりな言葉がたくさん並んでいた。
待ち合わせ場所で友人と会ってすぐ、電車での出来事を話した。

「それ、すごくない?」と、友人もかなり驚いていた。
ランチをしているときも、説明会に参加しているときも、本のことで頭がいっぱいだった。
あの日から「もっと頑張ろう」と自分を鼓舞して、就活に集中できるようになった。

おじいさんと出会ってから、2ヵ月後。私は、別の企業から無事に内定をもらうことができた。
やっと、就活を終えることができた。

あのとき、サンタのおじいさんに会っていなかったら。私はきっと、就活を頑張れなかったかもしれない。卒業までに就職先を見つけられなくて、ボロボロになっていたかもしれない。
踏ん張って巻き返せたのは、おじいさんがくれた本とエールのおかげ。
どこの誰なのかも分からず、あれ以来、会うことはなかった。
もし、いつか再会できたときには、改めてお礼を言いたいなと思う。