人間の身体というのは不思議なもので、様々な現象や錯覚が存在する。例えば、一度聴いた音楽がしばらく脳内でリフレインする『イヤーワーム現象』、同じ文字を見続けていると、次の瞬間その文字が思い出せなくなる『ゲシュタルト崩壊』など。しかし、この世にはまだ名前のついていない錯覚もあり、今回私が知りたいのは、「嫌いな食べ物を認識した途端食べられなくなる現象」の名前だ。

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私は自他共に認める大のチーズ嫌いである。固形チーズから粉チーズまで、すべて無理。そんな私が今でも根に持っている出来事がある。いつだったか、私にはお気に入りのケーキがあった。ケーキの名札には「ズコット(チョコレート)」と書いていた。

括弧チョコレートと書いているということは、プレーンのズコットもあって、その紹介文には「チーズ風味」と表記されていた。つまり、「ズコット(プレーン)」はチーズ味、「ズコット(チョコレート)」はチョコレート味なのだ。言わずもがな、私はチョコレート味のズコットしか食べたことがないが、一家はそれが大好きで、クリスマスや誰かの誕生日には必ず食卓にズコット(チョコレート)が登場していた。

しかしある日、父がショッキングな事実を私に告げた。
「あのケーキ屋のズコット、プレーンの生地にチョコレートを入れてるんだって。だから素はチーズケーキらしい(笑)」。

この瞬間、私は父のことが半分嫌いになった。どうしてそんな意地悪なことを教えるのか。(笑)が余計に腹立つ。黙っていてくれれば、私は幸せにズコット(チョコレート)を食べ続けていられたのに。今まで普通のチョコレートケーキとして食べていたズコットから、にょきっとチーズが顔を出す。

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「だめだ、食えない」。今まで綺麗に隠れてくれていたのに、父がしょうもない真実を引っ張り出してきてくれたおかげで、私はズコット(チョコレート)を食べても、食べたことのないズコット(プレーン)のチーズ風味を思い出す。

本来は今まで気づけていなかったのだから、今更食べたところでチーズの味はしないのだろうが、味覚と脳は仲良しなので、そんな簡単な刷り込みでズコットにチーズを感じてしまう。

こんなこともあった。牛丼チェーン店でアルバイトをしていたとき、親子が来店した。子どもがチーズ牛丼を頼み、私はいつものように提供したのだが、お母さんから、「すみません、この上の緑色のやつって何ですか?」と聞かれた。

チーズ牛丼の上には必ず緑色の粉がかかっている。私ははっきりと「青のりです」と答えた。お母さんは安堵したように、子どもに「ほら、青のりだから食べれるでしょ」と諭して、私に軽く会釈を返した。

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厨房に戻って、私は先輩に今あったことを面白話として話したのだが、先輩は顔をしかめ、緑色の粉が入った容器を私に見せながら、こう言った。

「これ乾燥パセリだよ」。

衝撃の事実だった。ずっと青のりかと思っていたお前は乾燥パセリだったのか。新人のとき、先輩に「チーズ牛丼にはこれを3振りして振りかけてね」としか教わっていなかったから、私の中では『緑色のこれ=青のり』でしかなかった。だって見た目がたこ焼きの上に乗っているそれとまったく一緒なのだ。

「チーズに青のりってあわないでしょ」と先輩に笑われたが、チーズを食べない私にはその感覚がわからない。…いや、でも、青のりが入ったたこ焼きにチーズをトッピングすることってあるでしょう?…ないの?いや、ごめんなさい、私には正解がわからないんです。

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そもそも子どもはあれを何だと思っていて、食べるのを渋っていたのだろう。母親は本当にあれを青のりだと信じたのか、もしくは乾燥パセリだとある程度勘づいてはいて、一か八かで真偽を確かめた相手(私)がたまたまナイスな回答をしただけなのか。真相はわからないが、片づけの際に見た子どもの器は綺麗に食べられていてカラだった。食べきれたんだね、青のりチーズ牛丼。

視覚による錯覚は言わずもがなであるが、味覚の錯覚もまた存在するのだ。この現象を何と言うのだろう。知らなければ食べられる、でも知ってしまってはもう食べられないあの現象に名前があるのなら教えてほしい。そしてその名前と共に、私はズコット(チョコレート)を食べれなくさせた父に詫びを要求しよう。