「カワイイ」
この言葉自体に悪意はない。むしろ、プラスのイメージだ。しかし、言われた相手によってはすごく不快に感じてしまう。実はそんな言葉だ、と社会人になって学んだ。

愛想笑いで誤魔化す自分が情けなかった

私を変えたひとことはこの「カワイイ」だ。大学卒業後、新卒入社した会社の上司は毎日のようの「カワイイ」といってきた。仕事中、隣にやって来て「今日もカワイイね」。小太りで、妻子持ち。多分、下心があったわけではなく、彼なりの若い子とのコミュニケーションのひとつだったのだろう。
しかし、悪気がないところがやっかいだし、楽しんでいるところがムカついた。何より、恋人以外の異性から言われる「カワイイ」は気持ち悪い。「セクハラですよ」ときっぱり言えればよかったのだが、入社したての私には愛想笑いしかできなかった。先輩たちもそうしていたからだ。当時の私は「愛想笑い」が正解だと思い込んでいたし、「そんなのおかしい!」と声を挙げる勇気などなかった。

学生時代、就職情報サイトなどで「カワイイと言っただけでセクハラ」ということは学んでいた。「カワイイなんて言われたら嬉しいじゃん。なのにセクハラ?」。当時はそのくらいにしか思っていなかった気がする。まさか社会人になって、自分がこんな人に出会うなんて。
なにより、愛想笑いで誤魔化す自分が情けなかった。もっと自分はハッキリと物事に対して発言できるタイプだと思っていた。愛想笑いしかできない、弱い自分に気づいてしまい、自分にがっかりだった。

あんなに可愛がっといて、最後はそういう感じですか

結局私はこの「カワイイ」と3年間付き合い、その間ずっと愛想笑いを続けた。そして、入社から4年目の夏、私は会社を辞めた。
もっと早く辞めても良かったのだけど、どうせなら何かしら爪痕を残したいと思い、仕事もそれなりにできるようになってからスパッと辞めてやろう、と早い段階から企んでいた。
転職先も決まり、上司に「退職します。」と報告したとき、特に何も追及されなかった。

ちょうどそのすぐあと、半年に1回行われる評価面談が実施された。私は「もうすぐ辞めるし、評価面談の対象ではないだろうな~」と思っていたが、私が辞めることは一部の社員しか知らないこともあってか、カモフラージュということで、他の社員同様に私も面接室に呼ばれた。

そこで待ち受けていた例の上司は素っ気なくこう言った。「どうせ辞めるのだから、今さら言うことはない」と。あー、そうですか。あんなに可愛がっといて、最後はそういう感じですか。私、あんたの下で今まで仕事頑張ってきたんですけど、労いくらい言ってくれないわけ? 私の中で何かが“ぷつん“と切れてしまった。

愛想笑いはやめた。少しずつ強くなっていきたい

それから最終出勤日までの間、身近にいた女性社員に過去のセクハラを訴えた。人事にも呼び出され、事情聴取された。実は彼からは「カワイイ」以外にもいろいろ言われてきた。今まで誰にも言えなかった苦しみが溜まっていたのか、自然と目が潤んでしまったのを覚えている。
そして、最終出勤日には人事部長から直々に謝罪メールが来た。その後、人事があの上司に対して何か処分を下したのか、そのあたりは全く知らない。最後に礼儀として退職の挨拶くらいしようと思っていたがタイミングが合わなかった。もしかしたら人事から何か言われていて私を避けていたのかもしれない。

「カワイイ」は私を変えた。

「自分が弱い立場だから、こんなふうに言われるのだろうなー。あー、もっと強くなりたい。もっと学ぼう。もっと偉くなろう。」
そんなことを思って転職した。しかし、転職先でも「カワイイ」は減らない。男は何かと「カワイイ」を使いたがるものなのだと最近気づいた。
しかし、愛想笑いはやめた。少しずつだけど、私はこれからも強くなっていきたい。