我が家のキッチンは豊かだ。
「このアボガドって誰の?私の冷蔵庫ゾーンに入ってるんだけど!」
「牛乳少し飲んでもバレないかな?」「待って、それ私のだから(笑)」
「じゃがいもめっちゃ芽出てるよ!!!」
「ここ最近、私ばっかり洗い物してるんだけど(笑)」
「この納豆、賞味期限切れてるけどいけると思う?」「絶対いける。納豆の賞味期限は無限大」
etc……。
こんな会話が生まれるのも、少々破天荒なルームシェアをしているからだ。
高校の同級生4人でルームシェアをしており、それぞれが気ままにキッチンに立ち、それぞれが気ままに言葉を発する。
◎ ◎
とはいえ、こんなじゃがいもの芽を(4センチまで)育て上げる我が家は真剣に話すことも稀にある。
ある時、仕事で理不尽なことが積み重なり、正解が見えなくなった。
お客様のために良かれと思ってしたことが、返って自社には裏目に出てしまい立つ瀬が無かったのだ。
世の中ではよくあることだと思うが、相手の人生に関わることだったので納得できなかった。
そのまま鬱々とした気分で帰宅した。
そして、「おかえりー」とルームメイトが。
他愛もない話を数分し、「今日疲れてない?」と。
仕事での出来事を話すと、「今日は私がご飯作るよ!」と言ってくれた。
そして彼女は颯爽とキッチンに立ち、前菜にカップラーメン、メインに冷凍パスタ、アイスも出るフルコースを。
3分で出来上がったカップラーメンの汁が心の奥底まで染みた。
作ってくれたものはさておき、彼女が用意してくれたその気持ちに救われた。
さらに、食事がここまで疲弊した心を癒してくれるなんて。
◎ ◎
仕事で起きたことを話すと、キッチンでフルコースを用意している彼女が続けた。
「社会人として間違ったことをしたかもしれないけど、一人の人間としては良いことをしたと思うよ。その気持ちを持ち続けることが大事なんじゃないかな」
「だって、やらない理由ってなかったでしょう?」
我が家のキッチンでは、洗い物論争も起きるが、生き方論争も起こる。
カップラーメンをすすりながら、自分を肯定する彼女の言葉に支えられ、何が正解だったのか考えさせられた。
きっと私は、悔しかったんだと思う。
目の前のことに真摯に向き合っても、世の中の柵とやらで蔑ろにされる。
そんな世の中に嫌気がさしていた。
彼女は教員として教育現場で日々戦っている。
そして彼女はよく、「やったもん負け」という言葉を使う。
子どもや保護者のために時間をかければかけるほど教員は負荷とリスクを背負う。
命を預かる仕事にも関わらず、残業代も出なければ、休憩時間さえ無い。
そんな教育現場に嫌気がさしながらも、日々「やったもん負け」を体現している。
「でもさ、性分的にやらないなんて出来ない。だから負け続けるだけ。それでもやらない理由はないよ」
「やったもん負け」が罷り通っている世界で「やらない理由がないからやる」に切り替えている。
キッチンに立つ彼女は格好良くて、落ち込む時間がもったいないとさえ思えた。
私たちは家をシェアし、キッチンをシェアし、食事をシェアしている。そして、人生を支えあっている。
知ることのなかったことを、世界一カオスで豊かなキッチンが教えてくれた。