祖母が懐かしげに話してくれたお菓子の名前。
私には生まれる前に亡くなった曾祖母がいる。母方の祖父の母で、私の名前の一文字は曾祖母からもらった。
ただの曾祖母なら、そこまでならなかった。母の妊娠がわかったのが、曾祖母の法事と重なったからだ。「きっと曾祖母の生まれ変わり」「あなたの名前は曾祖母からよ。あの方のように家庭的にね」何度もそう聞かされた。

余程素敵な人だったのだろう。私は憧れと共に、曾祖母を追いかけた。自分は自分で曾祖母じゃないと反発した時期もあったが、今はそこまで思わない。まあ彼女について知りたいのは変わらなかったけど。

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結構前のことだった。京都・出町柳に行った時、あるお店が目に入った。そのお店は、京の生菓子を販売しており、豆大福で有名だった。いつ前を通っても人が多くて、一度も買ったことも食べたこともない。どころか人に埋もれて売り物もまともに見れない。けれどずっと気になっていた。

その時、横にいた祖母が教えてくれたのだ。曾祖母が好きだったお菓子を売っているところだと。よく買いに行かされたと懐かしそうな笑みを浮かべて教えてくれた。
時間を経っていたので、祖母自体が名前を忘れてしまっていたが、味噌が入っていることだけ覚えていた。外だったから詳しく聞けず、再び話を掘り返しにくくて聞けなかった。けれど店の前を通る時は気にするようにしていた。もし見つかればお話できるかもしれないと期待して。

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四月中旬になった。
お店をちらりと見れば、珍しく人が少なくて、何を売ってあるか書かれている紙が見やすかった。いつも通りの豆大福、赤飯。菜の花の文字とともにおこわ。桜餅、柏餅まであった。多分その時、ビビッときた。柏餅の横に、味噌餡とあったのだ。

急いで祖母に電話をかける。ワンコール、ツーコールと鳴ったが出てくれない。もどかしく感じたのを覚えている。ようやく出てくれた祖母に、出町柳の和菓子屋にいることを伝えた上で、味噌餡の柏餅があるのだけど曾祖母が好きと言っていたのはこれか聞いた。祖母が「味噌なら多分そう」と告げた時、ようやく対面できたと心が震えた。

それを押し殺しながら、いるか聞き、店に並んだ。いつもと比べたら半分ほどしかいない。チャンスだと思った。いや、むしろこの機会は曾祖母がくれたんじゃないかとさえ思った。
祖父母宅に着くと、すぐに仏壇に供えた。そして祖母と好きだったらしいお菓子についてもう一度聞いた。すると柏餅はそのお菓子じゃないかもと言い出した。
ようやく会えた気がしたのに、と。舞い上がった心が一気に萎んだ。曾祖母が好きだったらしいお菓子の名前を知りたい。食べてみたい。そして曾祖母の話を聞きたい。

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曾祖母が亡くなって二十年以上経っている。彼女の話題が食卓に上がることは滅多にない。お菓子があれば、できると思ったのに。
結論を言うならば、杞憂だった。一口食べた祖母が「これ!!」と叫んだからだ。懐かしい、と言いながら食べていた。食べ終わると「久しぶりに食べられた。ありがとう」と祖父母に笑顔で言われた。

良かった、会えた。ちゃんと会えたと心が温かくなった。私はこの味を忘れない。
教えてもらった名前は、味噌餡の柏餅。白餡と味噌が合わさった、ちょっと生姜の風味のする季節限定のお菓子。それは一度も会ったことはない曾祖母と繋がっているような感覚を得られて、私の知らない家族の話の鍵を握っていた。

知りたいのに直接お店の人に聞く勇気はなくて、祖父母に頑張って思い出してと押し切れなくて、自分でこっそり探し続けていた。
探した甲斐があり、祖父母は嬉しそうにしている。
私も柏餅を頬張る。今度は他のも食べてみたいな。