私が単発のバイトをしていた頃の話。
その単発バイトはイベントに特化しており、大学生を中心に「短期で稼ぎたい」と思う人々が単発バイトを管理する人材派遣会社にイベントスタッフとして登録している。
その会社はスタッフに、「気持ちいい挨拶や真摯な態度を心がけること」「能動的に仕事に取り組み、持ち場の仕事はうやむやに取り組まない」などといったことを心がけるよう指示した。それは、バイトと言えども働く身としてごもっともである。一方、その派遣会社の社員に不信感を抱いていた。
スタッフに学生が多いせいか、良くも悪くも社員とスタッフとの距離感が近かったのだ。タメ口で話したり、私語が多かったり。私はスタッフ内で年上だったこともあり、その様子を冷めた目で見ていた。
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あるシフトインの日、大きな展示場での業界関係者向けエキスポの仕事があった。私の担当は受付窓口で、会場の入り口で入場券の確認や入り口でのお問合せ対応をしていた。イベントの最終日で会場が閉まる30分程前、とある参加者の女性が受付窓口に声をかけた。
その女性はカバンにヘルプマークをつけ、呼吸が荒かった。現在地から最寄駅までの行き方を教えて欲しいとのことだった。会場から駅まで徒歩10分以上あり、あいにくイベント用の巡回バスもクローズしていた。私の方で判断できなかったため、私より多くシフトインしていた男性スタッフに訪ねた。すると彼は、女性に向かって事務的に応えた。
「私たちは知らない」「歩いて行く以外方法はない」
私はその瞬間、驚きと怒りでいっぱいになった。苦しそうに助けを求めている人を目の当たりにして、どうしてそんな対応しかできないのか。現に今も女性は「本当に苦しいんです」と訴えている。それでも、彼は頑なに受け入れなかった。
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諦めた女性は、悲しそうにその場を去った。自分の持ち場があることは分かっていたが、私は我慢できなくて、百メートルほど先まで行ってしまった女性のもとへ駆けていった。
追いついて、彼女に謝罪した。適切な対応ができなくて申し訳なかった、と。荷物になったかもしれないが、途中で買ったペットボトルの水を女性に渡した。
その後、すぐ持ち場に戻った。さっきの冷たいスタッフに「どこに行っていた?」と聞かれた。「大丈夫です」「いや、答えろ。困る」私は答えた。「先ほどの女性への対応が不十分だったので、カバーしてきました」彼は言った。「自分勝手な行動をするんじゃない」
怒りのあまり、私は溢れる涙を堪えられなかった。腹立たしくて仕方がなかった。ヘルプマークをつけている人が目の前で苦しんでいる人がいるのに、なぜ、事務的に追い返すことしかできなかったのか。
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バイト後、この状況を派遣会社の本社に電話で訴えた。聞いたところ、なんと彼はその会社の正社員というのだ。もう呆れるしかなかった。スタッフがバイトだった場合、言われたことしかできない、マニュアル以外のことに対応できないのは仕方ないかもしれない。
しかし、社員がそんな態度でいいのか。バイトを管轄する社員なら、スタッフの指導のために会場アクセスなど基本的な情報は把握しているはずだし、臨機応変な対応を心がけるべきだ。展示場の管理会社の人に問い合わせができたかもしれない。そして、そんな人間の下で働いてることに耐えられなくなった。
バイトの身分であるせいで、適切な対応をできなかったことがもどかしくて仕方がない。その女性は「肺が圧迫されている」と言っていた。もしあの女性に万が一のことがあったら…。窓口の女性社員を困惑させてしまい申し訳なかったが、その日にあった出来事を泣きながら訴えた。
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翌日、私はイベントスタッフのバイトを辞めた。一晩寝たら落ち着いて考えがまとまると思っていたが、怒りと呆れは全く収まらない。他の社員もあの男と同じなら、あんな奴らの駒として働きたくない。
世間的に見たら、私の考えや行動が正しかったとは言えないかもしれない。でも、幼い頃に「困っている人を見たら助けましょう」と色んな大人が教えていたのは、まやかしだったのか?
生半可な気持ちで正社員やってんじゃねえ。人の苦しみがわからなくても、想像力くらい働かせろ。いい大人なんだから。
そして、この過去を引きずりすぎている私も、20代後半の大人のはずだが、心はまだまだ子供のようだ。