新宿伊勢丹前のティファニー。昨年の2月上旬平日のお昼過ぎ、私はほぼ無意識に入店した。そして数十分でブレスレットを購入していた。
お値段十数万円。

何もゆとりがある生活をしていたわけではない。
これは、大学院進学用に貯めていた学費を崩したお金。
このブレスレットを購入する数時間前に行われた入学試験で不合格を確信し、辿り着いた。
左手首に小さく輝くこのダイヤに、私の将来を照らしてほしかったのだ。

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私は大学1年生の時に、朧げに大学院まで学びを続けたいと思ったが、大学3年生の時に一度就職する道を選ぶことにした。
そして社会人4年目の時にタイミングを感じ、2年間の準備の末に受験をしたのだ。
その時の職場は学校で、周りの先生に事情を話してなんとか授業調整をしてもらって当日をむかえた。

1日目の筆記試験は手応えはないものの、やれることはやったと自負していた。
しかし問題の口頭論述の2日目。もう、ボロボロだった。
試験中にすら、もしここで途中退室を許されるのであれば、躊躇わず席を立つ程だった。
時間にして20分程だったかと思うが、あんなに短時間のうちに、「私は学びを続けるのに相応しくない」とネガティブに思ったことはない。

帰りの重い足取りの中考えたのは1つ。「考えることはやめたくない」
大学院で研究するのには相応しくないのかもしれない。でも、学生時代に早々に学びを続けたいと思ったのは、4年間では私の知的好奇心は収まらないと予感したから。
そして、女性でいること、性別を隠れた足枷にしているこの世界の闇が忍び寄ってきていることも感じていた。

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新たに、社会人になって社会の中で見えてきた疑問は、社会学という新しいフィールドに私を引き寄せた。
そして学校で教鞭を取ることで生まれたクエスチョンマークは、教育学へ。

ジェンダー視点で考える教育社会学に、大学と社会人を合わせた10年間で辿り着いた。
「これだ!」と、人生で感じたことのない光を感じたことを今でも鮮明に覚えている。

それなのに、試験で思っていることを伝える能力が私にはなかった。
更に学校には退職する旨を話しており、もう私が戻る場所はどこにもなかった。

28歳、無職で迎える新年度。怖くなかったわけではない。
それでも頭の中に残った私の気持ちは、もっともっと色んなことを考えたいという受験前と変わりない純粋な学習動機だった。
だから、この純度の高い感情を、純度の高い石であるダイヤに変えて腕につけておきたかった。

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それから一週間後、私の元には合格通知が届いた。
合格の理由は今でもわからない。
あれだけ拙い口頭論述にも関わらず私を受け入れてくれたのであれば、しっかり研究しないわけにはいかない。

ついに卒業まで後1年となったこの春、あのブレスレットが千切れた。
今は修理に出しており、明日受け取りに行く予定だ。
この1年間は、泣きながらパチパチとキーボードを叩く私の左腕で相変わらず輝きながら、あの時の気持ちのリマインダーでいてくれるのだろう。
この世で最も純度の高い石。負けじの純度の高さを誇る私の気持ちを文字に変えていく。