どしゃぶりの雨の中、彼女はスキップをしながら歩きだした。差した傘の柄をくるくると回しながら鼻歌を歌う。道行く人を見てもこんなにも愉快な人間は彼女だけだろう。世界の中心は私だと言わんばかり、道の端の歩道を歩く。目的地、スーパーに向かって。
◎ ◎
ざんざんと降る雨の中をスキップする私が言うと、信じてもらえないかもしれないが、私は晴れ女だと思う。ふとパン屋さんにフランスパンを買いに行きたくなった時も、新刊を買いに本屋に向かう時も、スタバの新作が飲みたくなった時も、96%くらいは晴れだった。私が外出しようとすると大体晴れている。我ながら驚異の晴天率だと思う。そんな人生が20数年続いていると、自分でも晴れ女だと思えてくる。
そんな自称晴れ女の私は、雨靴なんて持ってないし、折り畳み傘も持ち歩かない。あるのは歩きやすさを重視した防水加工なんてされていないスニーカーと、残りの4%に備えた大きな傘だけ。
◎ ◎
話は戻るが、自称晴れ女が雨の中、道化のようにスーパーに向かっているのには訳があった。そう彼女は、どうしても、本格的なガパオライスを作りたかったのだ。どうしても、その日ガパオライスが食べたかったのだ。前日、お店で食べたシーフードガパオの味を再現したくてたまらなかった。今すぐにでも、もう一度あの味を口にしたかった。それは我慢なんてできないほどの衝動だった。でも、家にはアジアン調味料なんて置いてない。
結果、衝動にかられた晴れ女は、どしゃぶりの雨の中出かけていたのだ。雨水を吸い重たくなったスニーカーを、まるで防水の靴かのような軽々しいスキップをして。
雨に慣れてない晴れ女は、帰りのことなんて考えてなかった。考えることが必要ということすら考えていなかった。いつもの買い物と同じ感覚で、作り置き分のガパオライスの素材まで買っていた。パンパンに膨れ上がったエコバック。いつものように左肩にかける。そして、傘を差す。
「買い忘れはない。完璧だ。後は帰るだけ……」と左側のエコバックを見る。「あ……」小さいが確実に声が漏れた。パンパンなエコバックは傘の中に収まりきるわけがなかった。そうして、晴れ女は買いすぎた荷物を必死に守りながら帰路についたのだった。
◎ ◎
ナンプラーとバジルの香りが充満したダイニングで、晴れ女は満面の笑みを見せていた。荷物を守ってびしょ濡れになった右半身。お気に入りのスニーカーはしばらく乾かない。災難な1日と思うだろう。でも、彼女は世界一幸せだった。なぜなら、雨に濡れてでもどうしてもやりたいことが見つけられたから。自分を特別に思う感情を知ることができたから。そう、彼女にとって雨は、自分の本音を教えてくれる存在だったのだ。
晴れ女のからくりなんてこんなものだ。雨に濡れてまで行きたい場所なんてほとんどないし、雨に濡れてまで食べたいものなんてほとんどない。晴れ女にとって、雨に濡れてまで成し遂げたい目的なんてほとんど存在していなかったのだ。だから、探し求めていた。雨に濡れてでも心を突き動かしてくれる何かを。コントロールできないほどの強い感情を。
そして、ガパオライスに突き動かされた私の体から、その衝動への喜びがあふれ出した。結果として、さぞ愉快に、さぞ滑稽に、雨降る道端を道化のごとくスキップしていたわけだ。
◎ ◎
雨は道しるべだ。理性の強い私の心の捨ててはダメな部分を教えてくれる。耳を傾けなくてはいけない、心のサインを教えてくれる。そして今日も晴れ女は、窓の外の雨を眺めながらPCに心の本音を打ち込むのだった。