「初めまして。いい声ですね。放送部に入りませんか?」
他の男子より少し低い声。同級生なのに珍しく敬語だった。

高校3年生の4月。新たな顔ぶれでガヤガヤとしているクラスの中、彼は声をかけてきた。突然のことに私は固まってしまった。異性に声を誉められたことにも、それと同時に部活に勧誘されたことにも驚いたからだ。今まで同性にしか声を誉めてもらったことが無く、ましてや初対面の異性に褒めてもらうのは初めてだった。

放送部だからなのか、低く落ち着いた彼の声はとても聴き心地が良い。私は、彼の顔ではなく声に一目惚れしたようだった。もちろん彼は見た目も良かった。センター分けの爽やかな顔、長い手足、ガタイの良い身体、男性らしい手と見た目で一目惚れしてもおかしくはない。でも、私は彼の声に惚れたのだ。

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彼は、放送部で有名だからという理由で朝の号令係だった。遅刻ギリギリに登校しても、嫌な授業があっても、彼の、
「起立! 気をつけ! 礼!」
で1日が始まる。なんとも幸せな1日の始まりだろうか。好きな人の声で1日が始まるなんて。おかげで高校最後の一年は楽しく登校することができた。また、ラッキーなことに私は三連続で彼の近くの席に座ることができた。一回目は後ろ、2回目は隣、3回目は斜め後ろだった。一回目は、何かと理由をつけて彼の背中をつつき、ノートやプリントを見せてもらったり、分からないことを教えてもらった。2回目の時は、とても幸せだった。毎朝彼に挨拶ができるから。
「〇〇くん、おはよう」
「okomeさん、おはよう」
これだけで私は、花畑の中にいるような心地だった。

彼は私のことをよく誉めてくれた。
「okomeさん、めっちゃいい声だし、声の仕事したほうがいいよ」
「声の仕事とか似合うと思う」
「オーディションとか受けてみたら?」
こんなに言ってくれるから、私は1回だけ某声優アカデミーのオーディションを受けた。(運よく受かったのに、家の事情で辞退したけど)ペアワークがある世界史は大好きだった。授業中のほとんど話していられるから。世界史が得意だったこともあって私はよく話した。その度に彼は、
「okomeさんすごいね」
と誉めてくれた。しかし、3回目は私がストレス過多で疲弊していたこともあって、あまり話さなかった。でも、彼の存在があったことで不登校にならなかった。それだけ好きな人の存在は大きい。

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私は高校最後のバレンタインの日、彼に本命チョコを渡した。3年生だから学校では会えないしスタバのチケットだったけど、彼はもの凄く喜んでくれた。「本命チョコは初めて貰った」と。しかし、「付き合えない」とも言われた。私は理由を聞いた。
「俺よりもっと良い人がいると思う」
「貴方に俺は釣り合わない」
「男は性欲の塊だからやめといた方がいいよ」
「まだ好きという気持ちが分からないし、付き合う意味も分からない」
「貴方が良ければ友達のままでいたい」
彼はたくさん理由を言ってくれた。でも、自分の意見を持ってないと言っていた彼の言葉は信じることができない。
こうして、1年弱の私の一目惚れは幕を閉じた。フラれたことによるショックはあるけど、それ以上に同じクラスで過ごした日々が幸せだったから、私の中には良い思い出として残っていくだろう。これからは、彼以上に素敵な人と出会えるようにしたい。