ひとめ‐ぼれ【一目▼惚れ】
〘名・自サ変〙 一目見ただけで心を引かれること。

広辞苑ではこのように説明されている。ベタな恋愛小説では結構見かけるが、現実そんなものないと思っていた。だって何を根拠に心を引かれるのか分からないから。
しかし高2の4月、通学途中の電車の中でそれは起こった。

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ただでさえ田舎なのに、更に田舎へと向かう朝の電車は下りなので人は少ない。しかも車内は同じ高校の生徒がほとんどを占めていた。
眠い目をこすりながら、桜の花びらと共にいつものように乗車する。車内を見渡すとあることに気付いた。
「見かけない顔だな…もしかして新入生かな?」
彼は特段イケメンというわけではなかった。しかし一目見た瞬間「好きになるかもしれない」と思った。何を根拠にそう思ったかは分からない。

気付けば無意識に電車の中でも校内でも彼を探すようになっていた。しかし一目惚れを信じたくなかった私は事を進めなかった。というよりはそれが一目惚れだと気付いていなかったのかもしれない。

ある日同じクラスの男子が「お前のこと気になってるって言ってた奴がいるから、今日の放課後17時に図書室に来てほしい。」と言ってきた。
「あいつが言うなら同級生だよなきっと…」
とはいえ皆目見当もつかなかったが、とりあえず言われるがままに図書室へ向かった。

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しばらくすると私が座っていたソファの横に誰かが座った。
「あの…○○さんですか?」
「…はい」
そう言いながら声のする方を向くと、そこには電車の彼がいた。
「結構同じ電車だったんですけど、多分学年違うからどうやって話しかけようかなと思ってたら、○○さんと仲良い△△さんとたまたま仲良くなって。それでそのこと話したら『俺が連れてくる!』って自信満々に言われて…それで…何かすみません」
「いや、実は私も似たようなこと思ってたんです。でも勇気もきっかけもなくて…こうやってきっかけを作ってくれて嬉しいです。ぜひこれから仲良くしてください!」
「もうこれから帰宅しますか?良かったら一緒帰りませんか?方面同じだし」
「いいですね。まだ明るいんでグラウンド横の海沿いとか通ってみます?」
こうして私達はお互いの趣味の話や中学の話、過去の恋愛の話などをしながら帰宅した。
――それから約1か月後、彼とは付き合うことになった。

私は今春大学を卒業し、晴れて社会人となった。電車の彼とは別れてもう5年以上が経つ。LINEの友達欄にはいるものの連絡は取っていない。住んでいる地域も違うし、もう会うことはないと思う。今考えてみると当時どんなところが好きだったかも忘れてしまった。
…「かっこいいところ」「優しいところ」などの「どんなところが」というのはその人本体ではなく、飾りにすぎない。「好き」を言語化することは実は難しいのだ。好きだから好き、それが恋愛の真意だと私は思う。彼はそんなことを気付かせてくれた。
そして一目惚れというものが本当に存在し、それが一つの恋愛の形であることを教えてくれた初めての人でもあったのだ。