みんなは「一目惚れ」を信じているだろうか。
私は「一目惚れ」を信じていない人だった。
一目惚れをする人は外見で人を判断する、美男美女好きの面食いだと思っていた。
正直、私は誰かの外見を心から「かっこいい」と思ったことも、「かわいい」と思ったこともない。
思春期の頃はもちろん友人たちに話を合わせて、人気ドラマの主人公を演じた俳優は「マジでイケメン」と絶賛したし、ジャニーズの話になれば、「かっこいいよね~○○くん」と盛り上がっていた。
だけれど、本当は、誰かを心から「かっこいい」と思ったことがない。
生理的に受け付けられないし苦手な顔だけど付き合った、という経験はないけれど、「顔が本当にかっこよくて、私の好みとドンピシャ!」と思って、男性と付き合ったこともない。
外見に対して「かっこいい」「かわいい」とほめることになぜか違和感がある。

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「一目惚れ」が「外見に惚れる」だけではなく、「あっこの人かもしれない」と、うまく言葉では説明できないけれど、ビビッと来たことを意味するのであれば、私にもその経験がある。
3年付き合って結婚しかけた元彼氏との出会いは、まさに、「恋が始まる音がした」と言いたいものだった。
お互いまだ大学生で、ある集まりの会場で初めて私たちは出会った。
会場の入り口に突っ立ったまま、「どこに座ろうかな」と見渡していた彼を偶然見かけて見知らぬ相手にも関わらず、「ねえ、ここ空いてるよ。座って大丈夫だよ」と声をかけたのが私だった。
後日談として、ただの惚気話になってしまうけれど、あの時元彼氏は私を見て「天使!」と思ったらしい。アニメ好きの彼らしいコメントだ。
あの会場では、指定の席はなく、どこの席に座っても良かったから、良くも悪くも人でごった返していて、少し遅れて到着した彼からすれば、状況を理解するのは難しかったはずだ。そこで、声をかけてくれた私はまさに天使のようだったらしい。

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声をかけた私に対して、「あ、ありがとう」と言い、自然と私の隣の、空いている席に座った彼を見て、「あっこの人とは仲良くなれそう」と瞬発的に思った。
なぜだかとても気になってしまった。
大学生ということしか分からず、名前も年齢も何も知らない相手なのに、「この人と一緒にいる気がする」と思った。あれは一目惚れだったと、今なら言える。
なぜあれほど「別れない」自信があったのか、正直分からない。
得体のしれない自信が私たちにはあったし、一緒に生きようという覚悟もあった。
ただ、結局3年間で別れてしまったので、一目惚れの魔法がとけてしまったからなのかもしれない。
ただ楽しいだけでは乗り越えられないことが人生にはたくさんあって、マイナスな話でさえ躊躇することなくできる関係性まで発展出来ていたら、きっと一目惚れの魔法がとけてしまっても、仲良くいられたのかもしれない。

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そんな私でも、大好きな今の恋人のふとした動作や言動には「かわいい」を連呼してしまうのだ。
私と恋人のLINEには、「今日は横浜家系」というメッセージとともに突然送られてくるラーメンの写真や青空の写真、「ねむい」という心の声、「ただいま」「おかえり」という挨拶であふれかえっている。
こんな頻度でツイッターしたら、フォロワーに嫌われるよ、と言わんばかりの頻度でLINEを送り合っているのだけれど、賢い彼がたわいもない日常のある一瞬をいつも共有してくることが、かわいいのだ。
彼の外見がどうのこうの、ではなく、彼という人間の行動に対して、「かっこいい」「かわいい」と思うのだ。
「かっこいい男の人だから」ではない。
目の前の存在が、ぼけーっと寝っ転がっていても愛おしく思えるようになったら、それは一目惚れの魔法がとけた合図だと思う。