一度だけ一目惚れをしたことがある。2年前の夏だった。今でも作り話みたいだなと、自分でも思うことがある。

◎          ◎

長く付き合っていた恋人と別れた初めての夏、いろんな人に会ってみたくてマッチングアプリを始めた。何となくスワイプしていると、本当にタイプど真ん中な雰囲気の男性が目に留まった。それまで、変な動物の加工や、汚い鏡越しの自撮りや、上裸筋肉自慢を見飽きていた私はフリーズした。普通のカメラで撮った斜め横顔の写真に、文字通り釘付けになってしまった。タイプすぎた。
これは、仮に出会えなくても、ここまで自分のタイプな男性はこの後いないかもしれないので、メッセージのやり取りだけでもしたい。お話ししませんか?と送ると、彼はメッセージを返してくれた。しばらく話していると、日付が変わる少し前に「明日も仕事なので失礼します」と会話を切られてしまった。あまり釣れない感じがしたが、とりあえずここは引いてみた。メッセージのやり取りができただけで、ある程度満足してしまって、これ以上は求めなくてもいいか、とすら思った。

◎          ◎

「散歩でもどうですか」
次の日、実家で父とたこ焼きパーティーをしていると、彼からメッセージがきた。私は急いで食べた後一度帰って身なりを整えた。何でこんな日にたこ焼きなんだ。お父さんは悪くないけど、会って早々たこ焼きの匂いの女がNGを食らう可能性に絶望した。
待ち合わせたスーパーの生花コーナーには、ラフめな白シャツに黒のスラックスの、嘘みたいにイメージぴったりな服装の彼がいた。私は今日、死んでもいいです。
しばらく散歩をしながら自分たちの趣味や、仕事や、これまでの暮らしの事を話した。話していくうちに、彼は今私が住んでいるマンションに以前住んでいたことがわかった。それを聞いた私は、余裕のあるふりをして言ってみた。「良かったら部屋、上がっていきますか」「いいんですか」断られると思っていた私はそれを聞いて、前住んでいた部屋とは間取りが反転してるかもね、みたいなどうでも良いことをゴニョゴニョ言ったような気がする。余裕のあるふりはすぐにばれていたと思う。そこから、朝まで一緒に過ごした。朝、眠そうな顔のまま私の部屋から出ていったのを見送った。嘘みたいだった。

◎          ◎

しかし、私の部屋に彼が泊まって行ったのはその日だけになる。それ以降、お互い徒歩圏内に家があることもあり、夜に散歩をしたり、一緒にオリンピックを見たり、彼の家にある本を借りに行ったり、家でごはんを作って食べたりしたが、それ以上のことはなく、ほとんど触れることもなかった。好きという気持ちも、付き合いたいという気持ちもなかった。私の一目惚れは、初めて会ったあの時に完結していたようだった。
彼は知れば知るほど不思議な人だった。教養があり賢くて魅力的だけど、掴みどころがなく、いつも実在してるのか疑問だった。

2ヶ月ほど経ち、私には別に恋人ができた。少しだけ心残りだったこともあり、恋人ができたこと、一緒にいる時間が楽しかったことを伝えた。彼も恋人と同棲するので引っ越すことになったと言っていたが、その言葉に返事をすることはなく、連絡先を消してしまった。

あんなにタイプで、気持ちが上がったにも関わらず、今では顔をしっかり思い出せなくなっていた。もしかしたら本当に夢だったのかもしれないと今でも思う。